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BACK NUMBER #287 2011.5.28 O.A.

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“俺が横浜を変える” 新天地に懸ける男の挑戦
昨年12月、横浜・中華街であるイベントが行われた。
それは、FA移籍を決めた森本稀哲の入団会見だった。
12年プレーした日本ハムから、横浜ベイスターズへ。森本の、第二の野球人生のスタート。
入団会見とは思えないど派手なパフォーマンスを披露した森本。
彼をここまで駆り立たせるものは一体何なのか?
そこには、森本の人生を大きく変えた、ある出来事が深く関わっていた…
今から30年前、森本は、在日韓国人である両親のもと、東京で生まれた。
幼少時代から、やんちゃな性格だった森本。だが、5歳の頃、原因不明の病に襲われた。
身体中の体毛が抜けおちてしまう、汎発性円形脱毛症。身体にコンプレックスを抱えた森本は、病気のことでからかわれ、ひどくショックを受けたという…
そんな森本の支えとなったのは、小学4年生の時に始めた野球だった。
野球で活躍すればみんなに認められる。傷ついた心が、野球によって救われた。
森本にとって、野球はなくてはならないものとなった。
そして1996年、森本は、帝京高校に進学し、3年の時にはキャプテンとして甲子園に出場その年に、ドラフト4位で、日本ハムに入団した。
森本は、走攻守、3拍子揃った外野手として、徐々に1軍で頭角を現した。
そして、プレーとともに注目を浴びたのが、ユニークなパフォーマンス。
森本がパフォーマンスを始めたきっかけは、2004年メジャーから日本球界に復帰した新庄剛の影響だった。日本ハムに移籍した新庄はパフォーマンスを自ら考案し、球場に訪れるファンを喜ばせた。球場が、満員で埋め尽くされる試合もどんどん増えていった。
そして2006年新庄の入団からわずか3年、万年Bクラスだった日本ハムは日本一に輝いた。森本は、新庄の引退後も、その役割を継承。チームの中心選手として、数々の実績を残した。
だが、昨年12月、森本は、FAを宣言し、移籍することを決断した。
森本が選んだのは「横浜ベイスターズ」、現在、3年連続最下位と低迷を続ける横浜。
そんな弱小球団に移籍を決めた理由には、日本ハムでの経験が影響していた。
「弱い横浜を自分が変える!」そんな思いを胸に新天地で、積極的にチームをもり立てた。
そして、今年4月 ついにペナントレースが幕を開けた。
果たして、森本は横浜ベイスターズを変えることができるのか
チームにすべてを捧げた森本の新たな闘いに密着!
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