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BACK NUMBER #211 2009.10.19 O.A.

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杉山愛 母と共に挑む現役最後の戦いに密着!
鉄人と呼ばれた一人の女性アスリートがコートを去った。プロテニスプレーヤー、杉山愛、34歳。17年間、懸命に戦った杉山のテニス人生は、母の存在なくしては語れない。7歳で本格的にテニスを始めた杉山は、高校1年生で日本人初のジュニアの世界ランク1位に上りつめ、高校2年で早くもプロに転向。そしてプロ5年目の1997年、21歳でツアー初優勝を飾る。プロとして、世界を転戦する杉山の傍らには、常に母・芙沙子さんが付いていた。当時、母は娘のマネージャーを務め、心の支えとなっていた。

杉山の名が一躍世界に轟いたのは、1999年の全米オープン。混合ダブルスでインドのブバシと組み、見事、日本人初優勝を飾る。この優勝からダブルスで格段の強さを見せつけ、世界ランキング1位に上りつめた杉山は、いつしか「ダブルスの女王」という呼び名がついていた。しかし、プロテニスプレーヤーにとって、真の評価はシングルスの成績。ダブルスでの好成績が逆に、杉山を追い詰めた。

2000年頃から、杉山はダブルスの好調をよそに、シングルスの成績は下がる一方だった。当時のコーチとも全く意見が合わず、引退すら考えたという。そんな杉山を救ったのは、母・芙沙子さん。2001年、杉山は母にコーチを依頼した。本格的なテニスの経験はないが、小さい頃から誰よりも杉山のテニスを見てきたのは、まぎれもない母・芙沙子さんだった。それ以降、的を射た母の指導で、杉山は蘇った。2003年には5年ぶりにシングルスで優勝。そして11月、日本人初のシングルス、ダブルス、両方で世界ランクトップ10入りの快挙を成し遂げた。

シングルス、優勝6回。ダブルスは、実に優勝38回。数々の栄光は、親子2人3脚で勝ち取った勲章だ。引退会見で、杉山は母への感謝を涙ながらに語った。杉山愛、現役最後の大会は、日本最大の国際トーナメント、東レパンパシフィックオープン。親子で挑む、現役最後の大会。ここでも、母の言葉が杉山を救った…。
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