バックナンバー:バース・デイ

BACK NUMBER #200 2009.6.22 O.A.

バックナンバー
一家の無念は俺が晴らす!!12歳天才少年の挑戦(前編)
1972年、ミュンヘン五輪レスリング代表、山本郁榮さん。言わずと知れた山本“KID”徳郁、そして女子レスリング美憂、聖子姉妹の父である。今、郁榮さんが一番熱心に指導しているのは、孫の佐々木アーセン、12歳。かつて3度世界選手権を制した美憂の息子である。

1972年、ミュンヘン五輪に金メダル候補として出場した郁榮さんは、5回戦、不可解な判定で無念の敗戦。その不可解な判定は、日本でも大きく報道された。この時の悔しさを忘れないよう、ミュンヘンから帰国後すぐに郁榮さんは全ての新聞を切り抜き、一冊のアルバムを作った。そして、この無念はアルバムを見た3人の子供たちに受け継がれた。

しかし五輪の壁は、山本兄弟に大きくたちはだかった。長男KIDは2000年のシドニー五輪、そして北京五輪と、いずれも予選で破れた。また、4度世界王者に輝いた妹、聖子は2004年のアテネ五輪の予選で吉田沙保里に破れ、涙を呑んだ。そしてアーセンの母、美憂も準決勝で予選敗退…。
3人とも、五輪の舞台に立つことすら出来ず、父の無念を晴らすことは出来なかった。

だが、祖父の無念は、しっかりと孫のアーセンに受け継がれた。今年、中学生になったアーセンの机の中には、あの郁榮さんのアルバムが入っている。「おじいちゃんの思いを僕も忘れないー」そして、五輪の金メダルという目標に向かって、祖父郁榮さんとの地獄のトレーニングの日々が始まった。その成果が実り、昨年、アーセンは小学生の全国大会で、圧倒的な強さで優勝。見事小学生6年生の部57kg超級の日本一の座に輝いた。

そんなアーセンにとって、6月、これまでで最大の難関とも言える大きな大会が迫っていた。それは中学生の全国レスリング大会。学年ごとの区別がないため、1年生のアーセンは、年上の選手と対戦しなければならない。叔父にあたるKIDも、中学1年生のとき、この年齢の壁を破れず6位に終わっている。1年生での優勝を目指して、アーセンの戦いが始まった。そこで流した涙のわけとは?
[BACKNUMBER]
banner_AD
Loading…

SNS

TBSトップページサイトマップ Copyright© 1995-2019, Tokyo Broadcasting System Television, Inc. All Rights Reserved.