バックナンバー:バース・デイ

BACK NUMBER #152 2008.6.12 O.A.

バックナンバー
日本男子バレー 北京五輪最終予選に密着!
編集後記

6月7日、日本男子バレーが日本中を感動の渦に巻き込んだ。北京五輪最終予選「日本vs アルゼンチン戦」で16年ぶりに五輪出場を決めた植田JAPAN。キャプテン、荻野正二は日本男子バレーの復活に人生を捧げ、夢をその手で勝ち取った。

1992年のバルセロナ五輪で若手のホープとして活躍した荻野。しかし、その4年後のアトランタ五輪ではまさかの予選敗退。東京五輪から7大会連続で出場した栄光の歴史を荻野たちの世代が途絶えさせ、その後日本男子バレーはシドニー、アテネともに予選敗退という屈辱の時代を迎えていた。

現日本代表の中で五輪経験者は荻野ただ一人。
そんな荻野の思いはただ一つ。“自らが招いた屈辱の歴史に終止符を打つ”こと。

最終予選には8カ国が参加、その中で出場権を獲得できるのはわずか2カ国である。初戦の相手は世界ランク10位の強豪イタリア。第4セットでマッチポイントを迎え、誰もが日本の勝利を確信するが、あと1点が取れずにまさかの逆転負け。また夢は夢で終わってしまうのか!)?

しかし日本はここから、恐るべき踏ん張りを見せた。イラン、韓国、タイを撃破しアジア勢の中でトップに立つ。そして迎えたアジア枠最大のライバル、オーストラリア戦。この試合に勝てば、北京五輪出場が大きく近づく。そのプレッシャーからかミスが続き、日本はいきなり苦境に立たされる。そんな中、冷静さを失わずに試合の流れ変え、チームを勝利に導いたのは他ならないベテランの荻野だった。

そして迎えた運命のアルゼンチン戦。五輪出場まであと1勝。ついにマッチポイントを迎えた日本。最後のスパイクは荻野が決め、五輪への切符をもぎ取った。
あふれる涙が止まらなかった。日本男子バレー復活を果たした6月7日。それは荻野にとって決して忘れることのできない、もうひとつのバース・デイとなった。

■編集後記
担当ディレクターの感動秘話

放送されなかったシーンにこんな場面があります。
北京五輪最終予選3日目、試合終了直後のことです。スーパーサブとしてチームがピンチのときばかり途中出場しなければならなかった荻野選手に「緊迫している場面で試合に出るのは辛くないですか?」と尋ねました。予想していたのは「そんなことは思わないです」という言葉です。荻野選手のキャプテンシーと責任感を引き出せればと思い試みた質問でした。しかし、意外な言葉が返ってきました。「そりゃあ、厳しいですよ」。しかも、顔を歪め本当に辛そうな表情をしながらです。そのとき、浅はかなキャプテンシーを期待した自分を恥じると同時に、「辛い」と素直な気持ちを答えてくれる荻野選手に親愛の情が深まりました。激闘の最中にカメラを向けるマスコミに、日本代表のキャプテンという立場にいながらも一瞬でも弱音を見せられる男って魅力的ではありませんか。16年ぶりの五輪出場という重圧を背負ったチームをまとめ上げ、度重なる危機を跳ね返し、見事五輪出場の切符を掴んだ日本男子バレーのキャプテンは誰に対しても態度を変えず、中途半端に格好付けない、そんな素敵な方でした。

ディレクター 工藤渉
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