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爲末大学 in モスクワ

第2回 ボルトがミックスゾーンで米NBCの生放送の取材を受けている最中だった。男子十種競技の表彰でアメリカ国歌が流れた瞬間、インタビューを中断して国旗の方を向き、無言で少し頭を下げた。インタビュアーが何度か質問したが振り向かないため、仕方なく2分間無言のボルトを映し続け、国歌終了後にインタビューを再開した。

国歌斉唱時、国旗の方を向いて無言で立つというのは国際的なマナーとして浸透している。でもインタビュー中にそれをした選手を初めて見た。ボルトだからできるということでもあるかもしれないけれど、同時に国際人としての姿勢を強く感じた。陽気なジャマイカンという印象が強いが、普段はとても慎重に落ち着いて話し、相手への尊敬を常に持っている。レース後、ボルトが真っ先に向かったメディアは地元ジャマイカのテレビ局だった。

初めて野茂英雄さんがメジャーリーグで三振を取ったとき、日本人の中でも、そして、おそらくアメリカ人の中でも大きな変化があったと思う。日本人がメジャーで通用している姿は、野球界以外の日本人にも世界で勝負できるという勇気を与え、同時に国際的に活躍する日本人を初めて目の当たりにして、アメリカ人の日本に対する意識も変わったのではないか。野茂さんが発言すること、行動一つ一つが、アメリカにおいての日本のイメージに大きな影響を与えたと思う。

インターネットが一般的に広がり、スマートフォンですぐさま情報を得られ、英語を使える人口が世界的に増えてきた今、一人一人の行動や言動がそのまま他国のイメージに影響を与えることができる。外交と聞くと、密室で各国の選ばれた外交官同士がやりあっているイメージがあるが、他国での自国のイメージに影響を与えることも、十分に外交の領域に入る。そういう意味で、誰でも外交の一端を担う時代になってきた。またスポーツ選手は優れた外交官にもなり得る。

国歌斉唱時、どういう姿勢でいるべきなのか。海外メディアのインタビューをどう答えるべきなのか。乾杯ですべき挨拶は?宗教や国歌に置けるタブーは?果たして日本のアスリートはそういう教育を受ける機会に恵まれているのだろうか?

東京五輪招致の決定が間近に迫っている。メダリストをたくさん育てる。立派な競技場を造る。それも大切なことではあると思うけれど、同時に国際人を育てるということも私たちは考える必要があるのではないか。シドニー五輪で親切にしてくれたボランティアの印象を、私は一生忘れないと思う。人が実際に触れ合って与える印象ほど、強いものはない。(為末大)

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