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2019年8月25日「スケリグ・ヴィヒール」

大西洋の孤島 断崖の遺跡

アイルランド南西沖の大西洋に浮かぶ孤島。波を乗り越えて船を着けて上陸すると、切り立つ岩山を登る石段があります。その約650段もの階段を登った先に現れるのが、山の頂に張り付くように残された不思議な遺跡です。そこは、神の国へとつながるとかつて信じられた聖地でした。この孤島の世界遺産「スケリグ・ヴィヒール」を訪れた江夏ディレクターに話を聞きました。

映画の舞台にもなった 1400年前の遺跡

「スケリグ・ヴィヒール」という名前を聞いたことがないという人も、スターウォーズ・シリーズの前作でロケ地となった島と言われるとそのシーンを思い出す方もいるのではないでしょうか。今回の世界遺産では、あの不思議な場所の秘密に迫ります。

──今回の「スケリグ・ヴィヒール」は、孤島の世界遺産ということですが、どこにある島なのでしょうか?

江夏ディレクター(以下、江夏):その島は、アイルランド本島の南西の端にあります。アイルランド本島の港から約12kmの沖に位置していて、大西洋の大海原に浮かんでいます。面積0.18平方キロメートルほどの小さな島で、現在は定住している人間はおらず、ニシツノメドリなど海鳥の繁殖地となっています。島そのものが高さ200mほどの切り立った岩山で、その頂上付近の断崖に張り付くように遺跡が残されているのです。

大西洋に浮かぶ切り立った岩山の頂上に、スケリグ・ヴィヒールの遺跡は残されています。

──その遺跡とは、いったい何の建築物だったのでしょうか?

江夏:この島は、7世紀に俗世を捨て禁欲を追求したキリスト教の修道士が修行の場として拓き、やがて様々な建造物が造られ修道院へと発展しました。修道士がいたのは12世紀頃までです。遺跡はその建物などの跡なのです。1996年に登録された文化遺産なのですが、最近は、映画『スターウォーズ』シリーズの『フォースの覚醒』と『最後のジェダイ』でジェダイの騎士が隠遁生活を送るシーンのロケ地に使われたことで注目を集めています。

スケリグ・ヴィヒールは、スターウォーズのロケ地としても注目を集めています。

──あのシーンの場所なのですね。CGでなく、実際に実在する遺跡だとは知りませんでした。実際に行ってみた印象としては、どのような場所でしたか?

江夏:島の印象は映画のイメージに非常に近かった、というより、スケリグ・ヴィヒールの世界観が作品にそのまま取り入れられています。映画の影響で、島を訪れる人が増えているそうなのですが、島への観光船の数も、乗船人数も制限されています。また上陸が許可されているのは、比較的海が穏やかな5月から9月の間に限られ、その期間内でも海が荒れると船が欠航することがあるのです。なので、現地に行くまではまったく撮影できない可能性もあったのですが、今回の取材では運よく天候に恵まれて4日間の撮影ができました。

現在、島は、ニシツノメドリなど海鳥の繁殖地となっています。

──外洋に浮かぶ孤島だけあって、たどり着くのにも厳しい場所なのですね。

江夏:かつて修道士たちは、手漕ぎの船でこの島に渡っていましたので、ずっと過酷だったと思います。最初に島へやってきた修道士たちは、落石が積み重なった岩陰で雨風をしのいでいたと考えられています。その初期の修道士たちが刻んだと思われる十字架が、山の中腹にある岩陰に残っているのです。島に住み始めてから、山の上に修道院を築き上げるまでには大変な苦労があったはずです。海岸から山頂まで何百段もの階段を作り、修道院を完成させるまでには数百年かかったと考えられています。

島に最初に着いた修道士が雨風をしのいだと言われる岩陰には、十字架が刻まれています。

──気の遠くなるような作業ですね。孤島の岩山でどうやって修道院を作ったのでしょうか?

江夏:島は主に砂岩でできていて、土壌が薄く、木は全く育たないため、島で木材を入手するのは不可能でした。一方で、石材は豊富にありました。その石をただ積み上げるだけで、修道院を作っていったのです。修道士が修行をした庵(いおり)や礼拝堂はドーム状の建築様式で、この建て方は、アイルランドに紀元前から伝わるものです。本島の南西部には、スケリグ・ヴィヒールと同じような建築物が残っています。修道士たちは、伝統の石積み工法で、ドーム状の建物以外に石垣や貯水槽といったさまざまな施設を作り上げたのです。

かつての船着場から山頂まで延々と続く長い石段も修道士たちが作り上げたものです。

スケリグ・ヴィヒールに残っている石積みの建築は、アイルランド本島の南西部で見られる様式と同じものです。

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