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第32回世界遺産委員会報告

皆さんは、年に1回『世界遺産委員会』という会議があるのをご存知でしたか? 実は7月2日からその第32回世界遺産委員会がカナダのケベックで行われます。 その模様を世界遺産のスタッフが現地からレポートしていきます。 レポートは到着次第、特集ページにアップしていきますのでお楽しみに!

天を仰いだ夜

第32回世界遺産委員会報告

世界遺産委員会の審議が4日目に入った。今日からいよいよ登録審議が始まる。登録審議の様子を見守ろうと各国から多くの関係者が詰めかけ、会議場はこれまでにない熱気に包まれた。

とは言え、昨日持ち越した18件の世界遺産の保全管理状況の審議からのスタートだ。そして、それが終わっても、3つの議題を経なければ登録審議に入れない。

17時過ぎ。ようやく登録審議が始まった。拡大登録を含め、42件が審議の対象だ。先ずは文化遺産からで、アフリカ地域の新規登録から審議にかけられることになった。

新たな世界遺産への登録が決まるたびに、会議場は大きな拍手に包まれる。審議時間は1件あたり15分から30分ほど。日本の平泉はじっと7番目の出番を待つ。20時半が今日の審議のリミットだ。翌日に持ち越しもあり得るか?そんな際どい時間帯の中で、ついにその時がやってきた。

19時57分。平泉の登録審議が始まった。ICOMOSのプレゼンテーションに続いて、委員国が次々に発言する。その中味は明らかに出来ないが、12カ国の委員国が意見を述べたり、質問を行ったりした。審議が続くことおよそ40分。ついに、世界遺産委員会としての結論が下された。

「登録延期」。思わず天を仰いだ。残念ながらICOMOSの勧告を覆すことは叶わなかった。推薦して登録が認められなかったのは今回が初めてのこと。日本はこれまで、推薦すれば必ず登録されるという形の14戦14連勝だった…。

「登録延期」の決議がなされると、推薦理由を変えて申請をやり直した上、改めてICOMOSの現地調査も受ける必要があり、最短でも2年後の世界遺産委員会にかけることしかできない。

平泉の登録延期の決議で、この日の委員会はお開きとなった。会見に臨んだユネスコ日本政府代表部の近藤誠一大使は、「平泉は素晴らしい遺産で近い将来登録すべきと発言した委員国もあって、委員国からは否定的な意見はひとつも聞かれなかった。今回の決定は登録基準を満たしているかという技術的な観点から決められたこと。一日も早い登録に向けて再出発したい」と述べた。また文化庁の大西珠枝文化財部長は、2010年2月に改訂した推薦書を提出し、2011年の登録を目指す意向を表明した。
長い1日が終わった。

ケベックにて
7月6日
「THE世界遺産」プロデューサー 西野哲史

迫る「平泉」登録審議

第32回世界遺産委員会報告

800人を超える関係者が集まるカナダ・ケベックシティーでの世界遺産委員会。晴れの土曜日で街が賑わう中、3日目の審議が行われた。

世界遺産は、「顕著で普遍的な価値」を持つとして、現在、文化遺産660件、自然遺産166件、複合遺産25件の合わせて851件が登録されている。この「顕著で普遍的な価値」を脅かす問題を抱える世界遺産がいくつもある。その世界遺産のそれぞれの問題に対し、どんな手段を講じるべきかなどについて、昨日の夕方から今日1日かけて審議が行われた。この中から、事態が深刻な世界遺産は、「危機遺産」に登録されることになる。昨日お伝えしたドイツの「ドレスデン・エルベ渓谷」のように川に橋を架ける計画や、或いは高層建築の建設計画などが、世界遺産の景観上の価値を損なう大きな脅威として議論を集めることになった。審議の必要がある世界遺産は60件を超える。いくら時間があっても足りない。カナダの議長は夜が遅くなっても、今日中にその日程を終えるとしていたが、結局、かなりの件数を翌日以降に持ち越すことになった。

世界遺産の新規登録の審議は、明日6日の午前中(日本時間の7日未明)から行われる予定だったが、どうなるのか?明日朝のビューローミーティングで、審議の日程が改めて話し合われる。

さて、世界遺産の登録の可否は21カ国からなる委員国によって決められる。世界遺産条約の締約国は185か国。委員国は地域ごとの締約国の数に応じて、その数が割り当てられ、締約国総会で選出された国が、原則6年の任期で務めることになっている。現在の委員国は、オーストラリア、バーレーン、バルバドス、ブラジル、カナダ、中国、キューバ、エジプト、イスラエル、ヨルダン、ケニア、韓国、マダガスカル、モーリシャス、モロッコ、ナイジェリア、ペルー、スペイン、スウェーデン、チュニジア、アメリカ。ユネスコの諮問機関であるICOMOS(国際記念物遺跡会議)やIUCN(国際自然保護連合)の勧告をもとに21カ国の委員国が審議して、世界遺産への登録が決められる。

日本で注目を集める岩手県平泉は、ICOMOSの勧告が「登録延期」と厳しいものだった。だが、昨年の石見銀山は「登録延期」の勧告を受けながら、世界遺産委員会で逆転登録を果たしている。日本は2年連続の逆転ホームランを打てるのか?

ユネスコ日本政府代表部の近藤誠一大使は審議前夜の心境を会見でこう語った。「どっちに転ぶか判らないという点では、去年より今年の方が強い」。

緊張の1日がいよいよ始まる。

ケベックにて
7月5日
「THE世界遺産」プロデューサー 西野哲史

重要な1日

第32回世界遺産委員会報告

今日は昨日と打って変わった晴天である。気持ちの良い青空の下、朝、ホテルからコンベンションセンターまで歩いて向かう。でも、会議場に入るまでの5分ほどの間に、しっかり体の中に準備しなければならないものがある。覚悟である。何せ、英語とフランス語による会議は大概、午前中4時間、午後4時間に及ぶのだ…。ランチタイムの1時間半を除いて、ノンストップで議事は進行する。

「危機遺産」というものを皆さんご存知だろうか。重大な危機に瀕している世界遺産のことで、今回の世界遺産委員会開催前の段階で、30件の世界遺産が「危機遺産」に登録されている。状況が改善された場合には、「危機遺産」登録から外され、逆の場合には、世界遺産登録の抹消という事態もあり得る。毎年、世界遺産への新規登録の審議が大きな注目を集めるが、人類共有の至宝を未来に引き継ぐという世界遺産の精神から言えば、「危機遺産」をめぐる審議こそが、委員会最大の使命と言うことも出来る。その重要な審議が昨日、今日と続いている。

例えば、ドイツの「ドレスデン・エルベ渓谷」という文化遺産。市による架橋計画が景観を大きく損なう可能性があるとして、「危機遺産」に登録されているが、さらに進んで、世界遺産からの登録抹消も取り沙汰されていた。今回の世界遺産委員会の結論は、「危機遺産」登録のまま。架橋計画が変更されなければ、来年登録抹消という言葉も書き込んで、さらにもう1年事態の推移を見守ることになった。

審議また審議の連続。でも、今日は、ロビーでアメリカの独立記念日を祝うケーキがふるまわれ、審議が続く会議場内から人の数が目立って減る一幕もあった。

夕方のケベックシティ主催のレセプションに参加した、日本のユネスコ代表部の近藤誠一大使は、「今日も7〜8カ国の代表団に平泉のジオラマ模型を見せたりしながら、説明を繰り返した」と記者団に話していた。

世界遺産委員会はスケジュールがかなり押すのが通例だが、カナダの議長の采配もあって、比較的順調に進んでいる。注目の平泉の登録審議は6日〜7日にかけて行われる見通しだ。

ケベックにて
7月4日
「THE世界遺産」プロデューサー 西野哲史