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水曜劇場 夫婦道

水曜よる9時


ザ・お茶道

番組でお茶指導を担当する“極茶人”比留間嘉章氏が、お茶に関するウンチクやよもやま話を紹介するコーナー。ここをチェックすれば“お茶ツウ”になれる!?

第1回目のテーマ お茶の歴史について

喫茶の発祥は…?
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「喫茶」とは、つまり“お茶を飲む”こと。中国の雲南省が原産と言われるお茶の木(茶樹)ですが、葉を摘んで加工し、お茶として飲まれるようになったのは、諸説入り乱れはっきりとは分かっていないのが現状です。

そんな中、唐の時代に生きた文筆家・陸羽が、8世紀中ごろとなる上元元年(760年)前後に著した最古の“お茶の専門書”として知られる『茶経』に、「茶之爲飲發乎神農氏(お茶を飲んだのは神農が最初)」だと書いています。

この神農という人は、紀元前2740年頃に生きていたと伝えられる古代中国の伝説の皇帝で、農業と医薬の神様としても崇められている人物ですが、「神農がお茶を飲んだ最初の人だ」と陸羽が根拠としているのが、後漢時代(25年〜220年)の書物『神農本草経』にある「神農嘗百草 日遇七十二毒 得荼而解之(神農が100種類の草を食べて72種の毒に当たったが茶葉で解毒した)」という文面によります。

ただし、当時に神農が飲んだとされる「荼」は、本来の漢字の意味として“苦味のある植物”という意味があり、茶樹に生える葉のお茶とは違うというのが、研究者の一般的な考えだそうです。

それでは、お茶が現在のように飲用されるようになったのは、いったいいつ頃からなのでしょう?

これも諸説あるところですが、前出の『茶経』に、茶葉を採取して加工するという「お茶の飲み方」が書かれているので、少なくとも『茶経』が書かれた上元元年当時には、お茶が飲まれていたのは間違いないでしょう。

比留間嘉章(ひるまよしあき)プロフィール

1977年に「茶の世界」に入ると、深蒸し茶の製造を中心に手揉み茶、微発酵煎茶の製造に取り組む。氏が作り上げた究極の淹茶法「八重奏(ヤエノカナデ)」は「これがお茶の味か!?」と、誰もがビックリするはずだ。
全国手もみ茶振興会理事、埼玉県手揉茶保存会会長、狭山火入れ保存会会長、全国手もみ茶振興会認定師範、
日本特産農産物マイスター「手もみ製茶」、日本茶業中央会認定「日本茶インストラクター」
HP「極茶人のこだわり」http://hiruma-en.ddo.jp/