「報道の日2011」記憶と記録そして願い

2011年12月25日(日)午前8時〜午後10時54分
TBS「Bスタジオ」、「Cスタジオ」、「Dスタジオ」から15時間の生放送

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第三部「3.11映像の記録〜あの日、何があったのか〜」

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■概要
第三部「3.11映像の記録〜あの日、何があったのか〜」
12月25日(日)14:25〜19:25

テレビ史上初の同時間帯ドキュメントをお送りする。
地震発生の瞬間から数時間、被災地をはじめ、日本各地で何が起きていたのかを検証。時系列に整理された映像から浮かび上がるものは? 長時間生放送ならではのリアルタイムドキュメント企画。

▼14:25分頃〜「語り継ぐ震災の記憶と記録」
震災の記憶が風化する前に未来を生きる子どもたちのために、私たちは何を残せるのか…。

▼14:40分頃〜「カメラがとらえた最大地震の正体」
3月11日はいつもと変わらない一日だった。学校では卒業式が。岩手の三陸鉄道は静かな海を臨みながら走っていた。
だが、14時46分、状況は一変する。国内観測史上最大M9.0の超巨大地震が発生。その瞬間をテレビカメラマン、視聴者など膨大な数のレンズがとらえていた。かつてない長時間の揺れの正体も、映像は克明に記録していく。

▼15:15分頃〜「震源域500キロ。東日本沿岸を襲った巨大津波」
岩手県釜石市に最大の津波が到達。3分後に宮古市にも到達。IBC岩手放送のカメラは巨大津波の正体をとらえる。さらに宮城県各地の沿岸都市も次々に大津波に襲われていく。
15時35分、福島第一原発に設置されたテレビユー福島の情報カメラが、原発に激突する巨大な波しぶきをとらえる。これ以降、福島第一原発は世界最悪「レベル7」の原発事故に突き進んでいく。

▼16:45頃〜「津波到達から一時間。原発の危機」
津波からわずか一時間後、実は福島第一原発はこの頃、既に緊急事態に陥っていた。

▼17時00頃〜「ヘリコプターのカメラがとらえた未曾有の複合災害」
17時00分、首都圏では家路に着く人がピークに達する。その頃、千葉県で石油コンビナートのタンクが轟音とともに大爆発した。各地で火災発生、渋滞で緊急車両の通行も困難を極める。上空のヘリコプターのカメラがとらえたのは、誰も経験したことのない「同時多発巨大複合災害」に震える首都圏の姿だった。

▼18:00頃〜「始まったメルトダウン。長い長い夜の始まり」
福島第一原発でメルトダウンが始まった。首都圏では、帰宅困難者が溢れていた頃だ。孤立した三陸の町の避難所では被災者が不安な夜を迎えていた。

▼18:30頃〜「首相官邸で何が?」
地震、津波、原発事故…。同時多発・巨大複合災害に直面した国家の中枢では何が起きていたのか?当事者への取材や側近が記したメモなどで明らかにするインサイドドキュメント。
以上、このコーナーは「あの日、何が起きたのか」を時系列に沿って整理することで浮かび上がる「真相」を描く。

【出演者】
司会:膳場貴子
ゲスト:福和伸夫(名古屋大学大学院教授)