インタビュー

脚本・橋田壽賀子先生、石井ふく子プロデューサー

大黒柱である大吉さんを演じていらした宇津井健さんが亡くなられて初めての「渡る世間は鬼ばかり」。脚本の橋田壽賀子先生、そして石井ふく子プロデューサーにお話を伺いました。

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藤岡卓也さんの後を引き継がれた2代目大吉・宇津井健さんが亡くなられましたが…

石井:お父さん、お母さん、ここのお家の柱がなくなって、さてどうするか、ということで視聴者の皆さんからたくさんのお問い合わせをいただきました。現在相続問題は非常に微妙でございます。橋田先生とも相談して、今年から税率が変わって5人の娘がお父さんが亡くなられたときにどう対応するか、岡倉をどうするか、お父さんに関する娘たちのことをドラマにしようと、大黒柱を立てないことにしたんです。
橋田:藤岡さんが亡くなり、宇津井さんが亡くなり、山岡さんが亡くなり「もう鬼はやめる」と決めていたんですけど、どこに行っても皆さん「鬼はいつやるんですか?」とおっしゃってくださるんですね。そうすると、やらないと悪いような気がしてしまって…
この番組を始めたのは20年以上前で、そのとき若かった人が今、「鬼」世代になったんです。始まったときは嫁だった五月もお姑世代ですし、お父さんがいなくなっても、いっぱい家族は育っているわけでこれからまた新しいドラマが出来るんじゃないかな、と何となく思っていましたら、TBSからお話をいただきまして、じゃあ、今一番問題になっている相続問題を、ということで今回書かせていただきました。

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宇津井さんの思い出を聞かせてください。

橋田:宇津井さんとは、主人(故・岩崎嘉一氏=TBSプロデューサー)が「赤い」シリーズを担当していたときからのお付き合いで、個人的にもお付き合いをしていましたし、わたしが脚本を書かせていただいた連続ドラマにもご出演いただいき、特別な思いを持っている方でした。お願いしたら気持ちよく引き受けていただいたという大変ありがたい記憶がございます。
石井:藤岡さんが亡くなったときに、どうしましょうかということで橋田先生のところに伺ったときに、二人同時に「宇津井さん」と、名前を申し上げたと思います。というのも、橋田先生だけではなく、私も東芝日曜劇場でずいぶん宇津井さんにご出演いただいて、宇津井さんなら、藤岡さんとはまた違う岡倉大吉を演じていただけるんじゃないかと思ったんです。藤岡さんで何年も続けてきた番組ですから、宇津井さんはこのドラマの中に入りにくかったと思います。宇津井さんになって一番初めのリハーサルのときに、「お父さん、おかえりなさい!」ってみんなが言ったんです。それを聞いて「やろう、これをやらなきゃいけないと思った」と、宇津井さんから伺っております。

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スタジオで姉妹5人を見ていて、宇津井さんへのお気持ちはどうお感じになられましたか?

石井:やっぱり辛いですね。みなさん我慢している部分がありますから、一人ウッとなると、みんなもそうなってしまうので、なるべく明るくやっていただこうと明るく進めております。
今回、スタジオには宇津井さんのお写真を飾ってありません。それを見たときに皆さんはセリフしゃべれなくなると思ったんです。お父さんが着ていました仕事着をお部屋に飾らせていただいておりますが、写真は置かず、お父さんとお母さんのお位牌を置いてそこでおまいりをするという形にしました。
でもどうしてもお父さんのお話になると思いがありますから、お父さん調理場でこんな風にやってたな、とか、色んなことを思っていらっしゃるかと思いますが、皆さんあまりおっしゃらないですね。

「渡鬼」という番組がこんなにも長く愛されているのはどういうところだと思いますか?

石井:非常に身近に感じられたという感想をいただきます。テレビの世界と茶の間との連携を感じられたんじゃないかと思います。
橋田:「うちでもこんなことがあった」とかですね。そういう問題をここの家族たちがひとつの解決を出すと言うことで、身近に感じてくださっているんじゃないでしょうか。
今回の相続についてのセリフは、みんなにこぼされております。憎まれております(笑)。
石井:ホームドラマが一番大事だと思うんですよ。基本ですから。ですからこの『渡鬼』を始めるときに、「これがダメだったらもうやめようね」という話をしました。
橋田:もうそのときがきましたか(笑)。
石井:変なこと言わないでください(笑)。なんでもないと思われるけれど、家族の中ではいろんなことが起こるんです。なんでもない普通のドラマを書ける作家が少なくなっている中、橋田さんはそれをいじわるく、あったかく、見つめながらお書きになっていらっしゃいますし、これからもやっぱり普通のホームドラマをやっていきたいと私も思っています。