現場レポート

18  第5話、放送終了しました!! part2

【歌舞伎についての補足】
後半は、歌舞伎のエピソードが取り上げられていた今週放送の第5話ですが、ご覧いただく中でさまざまな疑問を持たれた方も多かったのではないでしょうか?坂東吉十郎という役者について、当時のおしろいについて、演目『曾我物語』については「お江戸マメ知識」をご覧いただきたいのですが、私も含めあまり歌舞伎の世界に縁のない人もいらっしゃるはず。ということで、ここからは歌舞伎について、いくつか補足をしていきたいと思います。

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痛みをこらえて稽古に励む吉十郎

まず、「朝比奈ってなんぞや!?」という方も多いと思うのですが、これは鎌倉時代を舞台に描かれた『曾我物語』という仇討ち物語に登場する侍の名前。朝比奈三郎義秀(通称・朝比奈)は、父の仇・工藤祐経(すけつね)を討つ機会を狙っている曾我兄弟(クールな兄×ヤンチャな弟)の手助けをし、兄弟を工藤に引き合わせるという重要なポジションで、ベテランでないと演じ切れないような、非常に難しい役どころなのだそうです。だからこそ、“役者バカ”である吉十郎も、この役を最後に演じる姿を息子・与吉に見せたいと願ったのでしょうね。
『曾我物語』というのは、赤穂浪士の討ち入りと伊賀越えの仇討ちに並ぶ、日本三大仇討ちのひとつ。当時は『仇討ち』というのは「大変立派なこと」と考えられていて、この『曾我物語』もめでたい演目として、毎年正月に上演されていたのだとか。

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『曾我物語』の中で、田之助が演じていたのは、曾我兄弟の兄の恋人である遊女・大磯虎

ちなみにドラマでは、歌舞伎シーンで座長(つまり工藤祐経役)を務めていたのは、その当時に“田之助と同じ舞台に立っていた”という記録のある『中村仲蔵』という役者を想定しており、今回彼を演じてくださったのは瀬川菊之函さんという本物の歌舞伎役者の方。中村仲蔵という名前は「その時々の時代の実力ある役者が継ぐ名前」だそうで、瀬川菊之丞さんのお名前もまた、「江戸歌舞伎における超名門の名前!」なのだそうですよ。もう一度、第5話をご覧になる機会のある方は、そんなところにもご注目していただけると面白いかもしれません。

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そして、前作から澤村田之助役を演じていらっしゃるのは、ご存知・吉沢悠さん。5話の撮影中は、着物姿でスタジオの廊下を歩く吉沢さんの姿を何度かお見かけしましたが、普段は男らしい雰囲気をお持ちの方なのに、田之助の扮装をしているときだけはなぜか…とても女性的でしなやかな歩き方・身のこなしをされるんです(笑)。
「女形(おやま)の役なんて、後にも先にもこれっきりでしょうね」と苦笑されていた吉沢さんですが、案外この役にも愛着が湧いている様子!?5話の撮影に臨むにあたっては、収録のない日でも、歌舞伎稽古に真剣な表情で取り組んでいらっしゃる姿が印象的でした。

ちなみに、吉十郎の当たり役が「朝比奈」ということだったので、田之助の当たり役がなんだったのかを山田先生に尋ねてみると…!?「田之助の一番の当たり役といえば、世話物(今でいう“現代劇”のこと。江戸時代の人が江戸時代の人を演じる。対義語は『時代物』で、江戸より前の時代を扱った演目のこと)で『与話情浮名横櫛(よわなさけ うきなの よこぐし)』の『お富』じゃないかしら。要は心中を描いたお話なんだけれど、その中でお富というのは、落ちぶれてゆく女性なの。お姫様から汚れた役まで、女のいろんな表情を演じわけなければいけない、これまた難しい役なのよ」とのこと。また、田之助が上杉謙信の娘・八重垣姫を演じた『本朝廿四考(ほんちょうにじゅうしこう)』も有名だそうで、この役は二枚目の女形がよく演じる役なのだそうですよ。

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歌舞伎役者に扮した吹越さんを見て、「カッコいい!」と感想を口にしていた桐谷さん

そういえば、撮影現場ではこんなエピソードも。歌舞伎役者に扮した吉十郎役の吹越満さんの姿を見て「カッコいいですね」と羨ましそうにしていたのは、佐分利役の桐谷健太さん。そんな桐谷さんに対し、吹越さんはこうひと言。「誰がやってもカッコいいんだよ。歌舞伎がカッコいいんだ」…。
いえいえ、ご謙遜を。確かに歌舞伎の世界は素晴らしいものですが、吹越さんが演じていらっしゃるからこそ、吉十郎が魅力的だったのではないでしょうか?
吹越さん、歌舞伎独自の化粧法・隈取(くまどり)も、違和感無く似合っていらっしゃいましたよね(^^)

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隈取(歌舞伎特有の化粧)を施した吹越さん

ちなみに、もともと歌舞伎役者があのような化粧を施すようになったのは「劇場が暗いから、顔を白くしないと客席から顔が見えない」という理由からきているそうで、「確かに女形は“より女性らしくみせるため”っていう理由もあったと思うけれど、昔は蛍光灯もなかったから、屋外から差し込む太陽の光だけを頼りに舞台を照らしていたの。でも、ちょっと日のかげっている日なんかだと、どうしても室内が暗くなりがちでしょう?そうすると、どこに役者の顔があるのかもわからないぐらい真っ暗な状態で、せいぜいロウソクを灯したってその明るさなんてたかが知れているから、役者がどんな表情をしているのかなんて観客には伝わらないの。だから、そのために白塗りをして、赤い口を描いて、黒い眉を描いて…顔の輪郭をはっきりとさせることで、観客に表情を伝えたわけ。そんなところから、あの化粧法ははじまっているのよ」とのこと。その名残から、歌舞伎役者は今でも、顔の血管や筋をオーバーに表現した化粧をしているのですね。

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こちらは、吉十郎の台本です。厚みはそれぞれセリフの量によって異なります

【歌舞伎役者の台本について】
吉十郎のひとり息子・与吉が大きな石の下に隠していたもの…それは吉十郎の大事な台本でした。私は“台本の薄さ”にどこか違和感を覚えたのですが、当時はコピー機もないため、それぞれの役者には各々のセリフだけを抜粋して記された「書きぬき」なるものが渡されるのが普通だったのだとか(全体のストーリーを書いた台本を持っているのは、脚本家にあたる「狂言作者」だけだったそうです)。
そして、ついでに芝居の稽古についてですが、こちらはまず「本読み」が行われ(ここで狂言作者が全部を声に出して読み、全出演者やその他の係に内容を伝える)、次は「読み合わせ」、その後はほぼ個人練習のみで、あまりみんなで集まって稽古をするということもなく、「総稽古」を終え、本番を迎えるというのがだいたいの流れなのだと聞きました。

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原作に登場する与吉くんそっくり!な、大八木凱斗くん。彼の名演技も、涙を誘いました

ちなみに、田之助クラスの役者ともなると、年間で千両稼いだとも言われていますが(歌舞伎役者というのは全員が1年契約)、幕末レートで換算しても5千万円〜1億円ほど稼いでいたなんて…今の金額に置き換えて考えてみても、大変な額ですよね。ただし、衣装代というのが自前でそれなりにかかるものだそうで、いつも値上げ交渉の時には「衣装代を入れるか入れないか」でモメることが多かったとか(苦笑)。こちらは、なんだか現代でも聞いたことのあるようなお話ですね…(笑)。

さて、長々と綴りましたが、今週も楽しんでいただけたのなら幸いです。
来週もぜひ、オンエアをお楽しみに!