●ジェラルド・カーティス氏「印象が全く違って」(6月7日放送)
何やら、やり取りをきくほどに混乱してきて、今度は特別委員会の審議(5月27日)に足を運ぶことになった。朝、部屋に入ると、すでに、中谷防衛大臣は大臣席に座っていて、何やら資料を熱心に読んでいた。民主党席(7人しかいないのだが)では、辻元清美氏が質問の日でもないのに山のように資料を机の上に置いて「スタンバイ」していた。10時になると安倍総理が赤紫のネクタイでにこやかに登場した。最初の質問者は自民党の高村氏で、安倍総理は「まさに抑止力とは日本に対して攻撃をする、あるいは日本を侵略しようとすれば相当の打撃を被らなければならないということを覚悟しなければならない、となればそれはやめておこうとなるわけです」などと、とうとうと説明していった。
岡田代表との間では、党首討論に引き続き「海外での武力行使」が議論になったのだが、1週間たって「答弁」も整理されたものになっていた。安倍総理は「武力行使の目的をもって武装した部隊を他国の領土、領海、領空へ派遣するいわゆる海外派兵は一般に憲法上許されない」「しかし、例えばホルムズ海峡が機雷封鎖された際これを除去する場合。機雷が領海にある場合もあるのでございますが、しかし、それは極めて制限的なものであり受動的なものであることをもって、必要最小限度の範囲内にいわば例外としてとどまることもあり得る」と答弁した。ここにきて、「海外派兵をしない」のは「一般」で、「例外」があるということに気付いた民主党席からは、度重なる岡田氏の「海外派兵」の質問に総理が「一般に」と言うたびに、皮肉交じりに「一般に―」と声を揃えてヤジるのを繰り返したりした。
そして、その後、民主党の大串博志議員とのやりとりは、その後に起きる「混乱」を予見させるものだった。大串氏が執拗に、中谷大臣に対し「自衛隊のリスク」についてただすと、何やら中谷大臣の答弁は「去年の御嶽山での救出も本当に危険なことで、そういうリスクを帯びても自衛隊は任務を遂行している」などと、「迷走」を始め、業を煮やした安倍総理が指名されていないのに自ら手を挙げ答弁を買って出て、長々説明を始めたのだ。これに大串氏が「委員長っ。関係ないことをは答弁されていますからっ」と反発し、委員長が「簡潔にお願いします」と諭しても、「よろしいですか、ちゃんと最後まで聞いてくださいよ」と勢い込んで答弁を続けるのだ。その後も、大臣への質問に自ら手を挙げてマイクの前に立ち、串本氏は「大臣っ。大臣に聞いているんですっ」と大声を上げ、騒然とするなか顔を紅潮させて答弁を始め、民主党の長妻昭理事が委員長席に詰め寄る場面が繰り返された。そして、手を挙げても委員長から指名されない時は、隣の中谷大臣に自ら持った資料を見せ、何やら耳元でレクチャーを始めたりもするのだ。露骨に中谷大臣を信用していないのと同時に、興奮して前のめりになっているのに驚いた。中谷大臣は顔を真っ赤にさせていた。
そして、翌日、心配が現実のものになった。番組の準備をしながら会社でテレビを見ていると、民主党の辻元議員の質問の中継が行われていた。「日本人が機雷の掃海に行ったことによって、世界中でテロに狙われたり、日本国内もテロで狙われるということになりかねないんですっ」などと質問が続いているときに、安倍総理が「早く質問しろよっ」と声を張り上げたのだ。NHKのテレビ中継でも聞こえたぐらいだから、相当大きな声だったのだろう。テレビの向こうで辻元氏は「私はね、とてもね、さみしい気分とか、情けない気分になりました、今ね。これ人の生死とか戦争とかにかかわる話ですよ」などとと話していた。そして、このあと衆院憲法審査会(6月4日)で与党が参考人として呼んだ憲法学者が「憲法違反」だと明言するという、大失態も起こした。野党が呼んだ残る2人の学者が反対する中で、「混乱」に拍車をかけることになった。
●ジェラルド・カーティス氏「日本国内の問題」(5月10日放送)
「安保法制」をめぐる混乱を前にして、去年の今頃読んだインタビュー記事をまた読んで見ようと、机の周りを探してみた。日本政治外交史が専門の三谷太一郎東大名誉教授で、番組司会の御厨貴氏のゼミの先生だったことから様々昔話を聞き、勝手に「親しみ」を感じている先生だ。
三谷氏は「軍事同盟は仮想敵国を想定しないと成り立ちませんが、情勢の展開の中で、仮想敵国が『現実の敵国』に転化するかもしれない」「軍事同盟の論理は抑止力です。抑止力はリスクを伴います。(略)もし現実の中国を『仮想敵国』のようにみなして、それに対する抑止力として、集団的自衛権の行使を認めるべきだと考えるならば、相当のリスクをともなうと感じています」(『朝日新聞』14年6月10日付)と語っていた。「一年間、まっしぐらじゃないか」と思った。脇のテレビでは法案の成立に向けて国会を大幅延長するとニュースを流していた。
※本原稿は調査情報7〜8月号に掲載されています。
◆石塚 博久 (いしづか ひろひさ)
'62 東京都足立区生まれ。早稲田大学卒業後、'86日本経済新聞社に入社。大阪、名古屋、仙台支局(このとき、「みちのく温泉なんとか殺人事件」に出るような温泉はほとんど行った“温泉研究家”でもある)に。
東京本社政治部で政治取材の厳しい(「虎の穴」のような)指導を受け、新聞協会賞(「閣僚企画」共著)も。
'96TBS入社後は、報道局政治部記者、「NEWS23」のディレクターを経て、「時事放談」制作プロデューサー。

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だけども専守防衛、一切、いささかも変わりませんと国内でおっしゃるでしょ。どうもね、ニュアンスが全く違うなと。