「『抑止力』という名の下に」 【2015年7〜8月号】
思えば、あの昼が、この混迷した国会論戦のはじまりだったのだ。その日(5月20日)、1年ぶりの党首討論で、安保関連法案の国会提出後の初めての安倍晋三総理と民主党の岡田克也代表の論戦が行われることになっていた。私は、2人の表情を間近に見ようと2時間も前に国会の委員会の部屋に行き、最前席を場所取りしたりしていた。すると、まだ数人の国会職員しかいない部屋に共産党の志位和夫委員長が登場。「ここ座っていいですかあ」などと声をかけ、中央の討論席に座り、そして立って前の台に手をやってしばらく前方を見つめ予行演習したりした。今回の安保法制は、すでに安倍総理がアメリカを訪問し、「地球規模の同盟関係」を表明し、アメリカ側の大いなる期待を受けていたが、珍しくジェラルド・カーティス氏が顔を紅潮させて、日本の側の様子を懸念していたことが頭に浮かんだ。
●ジェラルド・カーティス氏「十分な議論なしで」(5月10日放送)
党首討論が始まる10分ほど前になると与野党の席や傍聴席はほぼ埋まり、そこへ黒眼鏡をかけた岡田代表が入り、安倍総理も拍手に迎えられて登場した。
岡田氏はまず、自衛隊の後方支援がこれまでの「非戦闘地域」から、今回の法制で「現に戦闘が行われていない地域」へと変わり、「武器・弾薬」も輸送できることにしたことを問題にして「自衛隊のリスクは飛躍的に高まるんじゃないか。きちんとリスクも説明する。そして同時に必要なことは、こういうことで必要だと説明をされればいいんですっ」と声を張り上げると、立ち見もでて溢れかえる民主党の傍聴席からは「いい質問だー」などと声が上がった。
ただ、これに対し安倍総理は、「戦闘が起こったときには直ちに部隊の責任者の判断で一時中止する、あるいは退避する」と説明するので、民主党の傍聴席からは「何言ってんの」「そんな恥ずかしいことできるかあ」などとヤジが飛んだ。それでも安倍総理は「つまり今まで活動期間を通じてずっとこれは戦闘が行われないということを決めていたわけですが、そのことによって柔軟な体制ができるのかどうかが大きな課題で」と続けるので、「答えてないっ」などとのヤジで騒然とした状態になった。すると安倍総理は、不満な表情で「皆さん、ちょっと黙って聞いていただけますか、少し。こういう議論は大切な議論ですから、冷静に議論しましょうよ。よろしいですか」と説明を続けたのだが、それでも、なかなか総理が「自衛隊のリスク」について明言しないで答弁が続くので、「答えてない」「長いよ」などとのヤジでしばしば騒然となり、審査会長がたびたび「静粛に願います」と声を張り上げた。そして、たまりかねた安倍総理が「毎回毎回、皆さん騒がないでくださいよ。少し静かにしていただけませんか。すみません。もう少しで終わりますから。皆さん静かに聞いていただければ、簡潔にわかりやすくもっと説明できると思うんですよ」などというので、どこからか苦笑が漏れたりした。
●高村正彦氏「未然に防ぐ抑止力」(5月31日放送)
岡田氏の2つ目の質問は、「集団的自衛権の行使」が、他の国の領土、領海、領空に及ぶのではないかという問題だった。岡田氏は「例えば、米国とある国が戦っている。それは『新3要件』にも該当して、日本の自衛隊も出て行って戦う。これは限定的な集団的自衛権の行使ですね。その時に、その場所は、相手国の領土、領海、領空に及ぶのは当然だと私は思いますけれども、いかがですか」とただした。これに安倍総理は「一般に海外派兵は認められないという考え方、これは今回の政府見解の中でも維持をされているということであります。つまり、外国の領土に上陸をしていって、戦闘行為を行うことを目的に武力行使を行うというということはありません」と答えた。これまで安倍総理が記者会見でパネルで朝鮮半島あたりから子供を抱いた母親が米艦船に乗って逃げてくるのを自衛隊が助ける場合や、紛争中に狭いペルシャ湾で掃海艇が機雷除去をすると「他の国の領海」にも当然踏み込むとの見方がひろがっていただけに、野党の席からは「へーっ」などと大きな声が上がった。これに、安倍総理は、「もう再三申し上げますが、議論をしているときに後ろの方でどんどんヤジをするのはもうやめてもらいたいと思いますよ」といらだたし気に語り、野党の傍聴席からは「ヤジじゃない」「魂の叫びだっ」などと声があがったりした。そして、岡田氏は「きょう総理の言われたこと、私一つも納得できませんよ。お答えになっていませんよ。あるいは間違っていますよ」と色をなして詰め寄った。ヤジで騒然とする中、「何を持って間違っていると言っておられるのか私はわかりませんが、我々が提出する法案の説明は全く正しいと思いますよ。私は総理大臣なんですから」と答え、さらに部屋の中は騒然となったのだった。

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