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第255回2001年06月03日
古都スクレ(ボリビア)
遺産名:
古都スクレ
Historic City of Sucre
所在地:ボリビア(Bolivia)
分 類:C(iv)C(iv)
登録年:1991
放送日:2001年06月03日
放送回:第255回
古都スクレ
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1545年、南西に約130km離れたポトシで、世界最大の銀鉱脈が発見された。植民地の支配者スペイン人は、ポトシの銀を管理するために、海抜4180mのポトシより1300m以上低く、暮らしやすい現在のスクレに町を築いた。スクレの建物は、条例により白く塗ることが義務付けられ、この美しい町は「白い町」と呼ばれている。
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ポトシの銀による繁栄で、16〜17世紀、スクレは「ラ・プラタ」(銀)と呼ばれた。大学が開校し、大司教の座もおかれ、文化と宗教の中心地として、「アメリカ大陸のアテネ」とうたわれたラ・プラタ。ヨーロッパの建築様式が、先住民文化や技術の影響を受け、まったく独自の発展をとげ、美しく豪華な建築が数多くつくられた。その代表が、首都大聖堂である。
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「スクレのマリア」。首都大聖堂の小礼拝堂にある守護聖人。全体が山の形に見えるのは、ポトシ銀山の象徴である。信者たちが寄進した、ダイヤモンド、トパーズ、真珠、アメジスト、サファイヤ、ルビーなどありとあらゆる宝石と、金・銀細工が彼女の体を飾る。その数は数万個にのぼり、「アメリカで最も豪華な聖母像」といわれる。
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1809年5月25日、植民地支配への不満から、ボリビア最初の革命運動が勃発した。スクレの中心にある5・25広場は、初めて開放への叫びが上がった場所である。運動は鎮圧されたが革命の火は消えず、16年後、スクレ将軍の率いる革命軍がスペイン軍を破り、ボリビアを開放した。スクレ将軍は初代大統領に就任、ラ・プラタは1840年、スクレと改名された。
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