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BACK NUMBER #317 2012.1.14 O.A.

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失明寸前の大けが…そして、戦力外通告 元楽天・中谷仁の挑戦 
昨年11月。ソフトバンクと中日の日本シリーズ。このわずか10日前…
男は、プロの世界から弾き出された。元楽天ゴールデンイーグルス 中谷仁 32歳。
プロ入り14年目で訪れた、過酷なクビ宣告。この男の野球人生は、苦難の連続だった。
中谷は、高校時代、名門智弁和歌山高校で、強肩キャッチャーとして活躍。
97年には、夏の甲子園で見事、全国制覇を成し遂げた中谷。
そして、この年のドラフト会議。中谷は、高校生ながらドラフト1位、契約金1億円で阪神に入団。さらに、背番号は、あの田淵幸一がつけていた22番が用意された。
中谷は、将来の阪神を背負って立つキャッチャーとして大きな期待が寄せられていた。
しかし、入団2年目、20歳の時。友人の投げた携帯電話が左目を直撃するという事故にあう。視力が極端に落ちた中谷は1年以上もの間、ボールを使った練習が出来なかった。球団の計らいで、選手契約をしたまま地道なリハビリ生活を続けた中谷。事故から3年、ようやく本格的な練習ができるまでに視力が回復。しかし、3年ものブランクはあまりに大きかった。試合に出場していない中谷の背番号は、22番から66番に変更。
そして2005年。中谷は阪神から楽天にトレードされた。だが、このトレードは中谷にとって一大転機となった。新天地、楽天での初の春季キャンプ。そこで中谷の守備の良さが、当時の監督、野村克也の目に留まり、移籍後、すぐに1軍に昇格。そこで、野村監督は中谷を1軍に帯同させ、自らのキャッチャー理論を徹底的に叩きこんだ。インサイドワークに磨きをかけ、徐々に信頼を勝ち取っていった中谷は次第に出場機会を増やしていく。そして、移籍4年目の2009年には、自己最多の55試合に出場。球団初となるクライマックスシリーズ進出に大きく貢献した。
さらに、この年のオフには、一つ年上の陽子さんと結婚。人生の伴侶も得て、順風満帆のプロ野球人生が待っているはずだった。
しかし、怪我の影響もあり昨年11月、中谷はついに楽天から戦力外宣告を受けた。
中谷は野球人生をかけ最後のチャンスの場トライアウトを受けることにした。
野球人生の全てをかけバッターボックスに立った中谷の運命は?!
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