バックナンバー:バース・デイ

BACK NUMBER #225 2010.2.1 O.A.

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登山家 栗城史多 27歳
単独無酸素でのエベレスト登頂への挑戦 第2章
登山家・栗城史多、27歳。いよいよ酸素ボンベを持たず、単独でのエベレスト登頂という前代未聞の挑戦が始まった。アタック3日目のルートは、出発地から水平に1km歩き、グレート・クーロワールと呼ばれる氷河の窪みに。そこから180m登った岩場にテントを張る。翌々日に、登頂を果たすためには、この日のうちに予定のキャンプ地まで辿り着いておかなければならない。

栗城は、グレート・クーロワールを目指して、歩き出した。だが、7500mのデスゾーンを越えて2日目、栗城の足は思うように動かない。午後になって、栗城のペースは落ちていた。膝まである雪に足を取られ、100m進むのに1時間かかっている。このままでは日没に間に合うか微妙なところだが、目的地までテントを張れる場所はない。

日没まで後3時間、ベースキャンプから無線で栗城に指示を送る森下が、初めて撤退を口にした。しかし栗城から返ってきた言葉は「行けるところまで、行く」。栗城の粘り強さは森下も知っている。本人が行くという以上、止めることはできない。そして午後4時、栗城はグレート・クーロワールまで、あと300mに迫っていた。行くか戻るか、まさに生と死の分岐点。栗城は登ることを選択するが、思いとは裏腹に足が動かない。しかも、ここまではなだらかな水平移動だったが、グレート・クーロワールに入ると一転して急な上りとなる。目的地まで後もう少し…しかし、引き返すなら今しかない。

4時30分。このままでは日没に間に合わないと判断した森下は、栗城に撤退を促した。「命があればまた挑戦できます。命を大切にしてください」と。5分の沈黙の後、森下の懸命の説得を栗城は受け止めた。標高7850メートル地点での撤退。森下にとっても、それは苦渋の決断だった。

世界最高峰は栗城に微笑まなかった。しかし、栗城は夢の実現に向けて再び始動した。エベレストへの再チャレンジは今年の秋を予定している。
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