バックナンバー:バース・デイ

BACK NUMBER #743 2020.12.5 O.A.

バックナンバー
8人大家族の夢…プロ野球入りを背負う男の“ドラフト運命の一日”
2020年10月26日。プロ野球ドラフト会議が行われた。プロを目指す若者たちにとって、人生を大きく左右する運命の一日。自分の名前が呼ばれるかどうか、それはまさに天国と地獄の分かれ目だ。大学生だった2年前、所属する大学リーグの本塁打記録を塗り替えるなど確かな実績を残し、ドラフト候補に名を連ねたが、どこの球団からも声がかからず、「指名漏れ」。人生最大の屈辱を味わった。それでもプロにこだわる理由は、今川の実家にある。北海道・札幌市。今川が生まれ育った場所だ。半年ぶりの帰省に密着した。実は、今川は6人兄妹の長男。今川と警察官の次男・駿さんをのぞいた家族6人が今でも実家で暮らす。今川家は、妹のまなかさんを含む、兄妹全員が野球をしていた野球一家。長男として、誰よりも最初に野球を始めた今川の小学校の卒業文集には、こう書かれている“プロ野球選手になりたい”その思いで、兄妹達とともに野球に打ち込んでいた。今川「下の弟たちにもずっと道しるべになってあげたいっていう思いでずっとプロ野球選手を目指してきて。」弟たちにとって、兄ちゃんは特別な存在だ。次男「兄ちゃんが一番上というのはやっぱり特別。ずっと支える兄ちゃんはやっぱりすごい。」今川がプロに行くこと、それは今川家の夢だった。大学進学時、今川は当時メジャーリーグでホームランを量産していた現役最強のホームランバッター、ミゲル・カブレラに目をつけた。常識とはかけ離れたスイングは、周囲からの反対意見も多かったが、アッパースイングに己の野球人生をかけると決めた。すると、大学4年生で迎えたリーグ戦で打撃の才能が一気に開花。所属する大学リーグで首位打者を獲得。さらにはリーグのホームランの記録を塗り替え、その名をとどろかせた。今川「首位打者とって本塁打とってプロがやっと視野に入ったっていうか、行けるかなっていう気持ちは生まれました。」だが、例年にも増して豊作だった2018年は大阪桐蔭の藤原や根尾など、甲子園を沸かせたスター選手が多く指名。今川の名前は最後まで呼ばれることはなかった。悔しい思いは家族も同じだった。父「ああ呼ばれない。やっぱりそんな甘いもんじゃないんだなって思いましたね。」あと一歩のところでつかみ損ねた、夢のプロ野球。社会人野球・JFE東日本に入社後は、肉体改造に取り組んだ。今川「パワーは絶対に必要だと思ったので、大学の時より一回り二回り大きく強くしようという事で取り組みました。」その結果、大学時代の78キロから88キロへと増量。さらには、アッパースイングの改良にも取り組んだ。今川の成長にはチームの監督も舌を巻く。落合監督「あの子の並々ならぬ努力っていうのは想像を絶するものなのかなと思いますし、ここまでプロを目指してやってる選手は出会ったことないなってくらい、プロへの意識っていうのはありますね。」そして、運命の10月26日。緊張の面持ちでその瞬間を待っていた。一方、北海道の自宅では指名を信じ、家族全員がJFEのユニフォーム。今川家の応援スタイルでその時を待っていた。そして、午後5時。ついに、ドラフト会議が始まった。しかし、1時間以上が経過しても、今川の名前は出てこない。さらに、指名がないまま5巡目も終了。もう後がない。今川の表情も一段と曇る。2年前の悪夢が頭をよぎる。そして、会議開始から間もなく2時間、諦めかけたその時だった。「北海道日本ハム…今川優馬。」地元球団、日本ハムから支配下最後の指名となる6巡目で指名。家族が追い続けた2年越しの夢が叶った瞬間だった。今川「ずっとみんな応援してくれたからここまで頑張れたし、2年前も早くプロになりたかったんだけどなれなくて、その時もみんな励ましてくれて、今年こそなるって自分で誓って、本当にみんなのおかげでここまで来られた。本当にありがとう。」父「こちらこそありがとう。お前の努力だよ。優馬の努力の結果だ。」指名漏れから2年、家族でつかんだプロ野球選手という夢。札幌ドームで躍動する今川の姿が待ち遠しい…。
[BACKNUMBER]
banner_AD
Loading…

SNS

TBSトップページサイトマップ Copyright© 1995-2025, Tokyo Broadcasting System Television, Inc. All Rights Reserved.