バックナンバー:バース・デイ

BACK NUMBER #559 2017.2.18 O.A.

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元力士たちの第2の人生 元十両・彩豪/元小結・三杉里
19年ぶりとなる日本出身の横綱誕生に相撲ブームが到来。そんな中、第2の人生を必死に戦う元関取がいる。男は現役時代、闘志剥き出しの激しい相撲でファンを魅了した。しかし引退から12年、今は杖が欠かせなくなった体で、新たな仕事を掴み、懸命に生きている。そして貴花田キラーと呼ばれたあの男も相撲とは違う世界で一から学んでいた。相撲を離れても、土俵で培った魂で今を生きる男たち。そんな第2の人生を追った。
東京都内のある公園を両手で杖をつきながら歩く1人の男。現在41歳の彼は、彩豪というしこ名だった。埼玉県で生まれ、子どもの頃から体は大きかった。中学時代はバスケットボールに熱中したが、身長180cm、体重95kgという堂々たる体格に目を付けられ、相撲大会への出場を進められた。すると、ほとんど経験がないにも関わらず、なんと県大会、関東大会にまで進出。この活躍が元関脇・富士櫻、中村親方の目にとまり、相撲界にスカウトされた。相撲部屋か、高校進学か、中学生の彩豪は悩み抜いた。そして15歳で相撲に人生をかけると決断。1991年、中村部屋へ入門すると順調に成長し、入門からわずか5年で十両に昇進、20歳で中村部屋初の関取となった。そして1996年の5月場所、彩豪の名が相撲ファンの記憶に刻まれる。それは1つ年下の千代大海との取り組み。闘志剥き出しの激しい突き押しで圧倒。その力強さで観客を釘付けにした。しかし、その激しさの代償なのか、体が徐々に悲鳴を上げる。22歳頃から両肘、腰、さらに股関節まで痛め、稽古も満足に行えなくなった。幕下陥落。人生初の挫折だった。そんな彩豪を励まし、支え続けたのが現在妻である倫子(くみこ)さんだった。2人が出会ったのは、彩豪が十両昇進を果たした20歳の頃。相撲のイベントで知り合い、大の相撲好きだった倫子さんからの手紙で交際がスタート。通院の送り迎えをするなど、力強くサポートしてくれた。そして1999年9月場所。復調した24歳の彩豪は、幕下の優勝決定戦で、この年デビューしたばかりの後の大横綱・朝青龍と対戦。見事白星をあげ幕下優勝を果たした。その後も倫子さんに支えられながら、ケガと戦い、番付を少しずつ上げ、十両復帰目前まで迫った。しかし今度は病魔が彩豪を襲った。発作性ぜんそく。ドクターストップがかかり、十両復帰が叶わないまま2005年、29歳で引退。14年の相撲人生に終止符を打った。相撲を失った彩豪はまるで抜け殻だった。その様子を見た倫子さんも心配していたという。2人は、第2の人生を共に生きていこうと結婚。酷使した体を休めながら新たな仕事を模索した。そして今、見事転身に成功。リフォームなどを行う建築会社の社長となった。工務店を経営する大工の父に弟子入りし、木造建造物、足場組み立てなどの責任者資格を取り、2010年に会社を設立した。現在、浅草で妻と2人の子どもと暮らしている家も自ら設計し、建てたもので1階は会社の事務所となっている。会社を興して7年、依頼も増え、忙しい毎日を送っている。事務所には今も現役時代の大銀杏を飾っている。それは、土俵で培った精神を忘れないようにするためだという。

東京都中野区。まだ日の出前の朝5時半、一際目を引くスーツ姿の男が。毎週行われる経営者セミナーで、社会人としての基本を1から学んでいる。元小結・三杉里(54)。
三杉里が相撲の世界へ飛び込んだのは高校1年生のとき。当時体重90kgだった息子を、相撲好きの父が相撲を見学させようと二子山部屋に連れて行ったところ、突然元横綱・初代若乃花親方が「今度うちに入る弟子だ」と皆に紹介してしまった。三杉里の体格に惚れ込んだ強行スカウトだった。そして当時16歳だった三杉里は、高校を中退し相撲の道で生きていくと決断。二子山部屋に入門すると、順調に力をつけ、初土俵から9年目の1988年に新入幕。その後、4場所中3場所で9勝をマークすると、新入幕からわずか1年で三役の小結まで駆け上がった。その3年後の1991年9月場所。29歳の三杉里は、後に大横綱となる10歳年下の関脇・貴花田と初対戦。土俵際から見事逆転勝利を収めると、その後の対貴花田戦でも5連勝を飾り、キラーの名を馳せた。さらに、横綱にも滅法強く、通算で6つの金星をあげる大活躍。1998年には36歳で通算700勝を達成した。これは歴代43位タイ、横綱・輪島、朝青龍という2人の横綱を上回る大相撲の歴史に残る成績だ。しかし、すでに体力は限界だった。700勝を節目に引退を発表し、三杉里は20年の現役生活に別れを告げた。2000年、間垣部屋の親方となった三杉里には新たな夢があった。それは自分の部屋を持つこと。しかしそこで信じられない事態が起こる。相撲部屋の新規定が設けられた。新たに相撲部屋を創設出来るのは、■横綱または大関に在位 ■三役通算25場所以上 ■幕内通算60場所以上。このいずれかをクリアした者に限られたのだ。三杉里の幕内在位は53場所…。自分の部屋は持てなくなった。夢を失った三杉里は、1か月悩んだ末、新たな一歩を踏み出すために相撲界を離れると決断した。そんな時、現役時代、体の治療をしてくれた整体師、井芹茂が声をかけてくれた。井芹は高校時代の松坂大輔を治療した実績を持つその道の権威。そのつてで、三杉里は44歳で整体の専門学校に入学。自分の腕一本で生きていくと決断し、一から勉強を始めた。2年間みっちり勉強し、2009年4月、専門学校を卒業。そして、その年の10月、46歳で東京・中野の繁華街の一角に整体院「三杉里ごっつハンド」を開業した。今年で8年目となるお店は三杉里の名前もあり、度々メディアに取り上げられ、人気を呼んでいる。
土俵に全てをかけ戦い続けた男たち。そこで芽生えた汚せない力士のプライドが、どんな逆境にも負けない強い思いを生み出すのかもしれない。
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