バックナンバー:バース・デイ

BACK NUMBER #557 2017.2.4 O.A.

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元オリックス投手・大田阿斗里 男が下した決断
日本野球機構が2016年に実施した調査によれば、約7割の選手が引退後に不安を抱え、しかもそのうち約9割が収入や進路など、実生活のことを理由にあげている。2016年、戦力外通告を受けた105人のプロ野球選手の約1/3にあたる35人が、高校卒業後すぐ、18歳でプロの世界に飛び込んだ者たちだ。社会経験のほとんどない彼らにとって、野球の道が閉ざされることは、大学・社会人出身者の選手とは違い、大きな不安の原因となっている。
この男もまた同じ不安の中で必死に戦っていた。元オリックス・バファローズ、大田阿斗里(27)。彼も高校からプロ入りし、人生の崖っぷちに立たされた。この先、どう生きていけばいいのか?何も見えないまま、幼い2人の子どもと妻を守らなくてはならない現実に大田は直面していた。
今から10年前の2007年、春の選抜高校野球大会。この大会で注目されたのは、今やWBCの不動の4番バッターになった大阪桐蔭・中田翔。千葉ロッテで活躍する成田高校のエース・唐川侑己。東京ヤクルトで2015年、復活を果たした仙台育英・佐藤由規がいた。しかし、ビッグ3と呼ばれたその3人をしのぐ、凄まじい活躍を見せたのが、帝京高校のエース・大田阿斗里。1回戦、先発のマウンドに上がった大田は、150キロ近いストレートと鋭く落ちる変化球を武器に次々と三振を奪う。そして1試合20奪三振。これは、昭和の怪物と呼ばれたあの江川卓に並ぶ、大会史上2位タイの記録だった。大田の名は一躍日本中に轟いた。そしてその年のドラフト3位で横浜ベイスターズに入団。首脳陣に期待され、1年目から1軍に抜擢された。しかし、プロの世界は甘くなかった。毎年のように1軍のチャンスを与えられたにもかかわらず、5年間で1勝もあげられなかった。念願の初勝利は、なんとプロ6年目のことだった。しかし、その後も思うようなピッチングが出来ないまま、増えた勝ち星は、わずかに1つ。そしてプロ8年目の2015年、横浜DeNAから戦力外通告を受けた。現役続行を目指し、大田はトライアウトに挑戦。最速149キロのストレートが冴え、打者3人を完璧に封じ込めた。すると、このピッチングが目に留まり、2016年2月、テストを経てオリックス・バファローズと育成契約を果たすと、シーズン途中の6月に支配下登録され、9月12日の楽天戦で約2年ぶりに1軍登板した。しかし、ここでも結果を残すことは出来なかった。楽天打線に掴まり2者連続のホームラン。ノックアウトされてしまう。そして2016年10月、2度目の戦力外通告。27歳の大田は進むべき道に迷っていた。野球を続けたい。しかし、果たしてそれでいいのか?
大田は6年前の2011年、横浜時代に同い年の恭子さんと結婚。1歳の娘と4歳の息子の4人暮らし。プロ9年間でわずか2勝。突き付けられた現実の厳しさは、痛いほどわかっていた。大田は断ち切れないプロ野球への思いに区切りをつけるべく、2度目となる12球団合同トライアウト受験を決めた。その舞台は、高校時代、1試合20三振を奪った甲子園。トライアウト当日。10年前の勇姿を覚えていたのか、大田の登場に大声援が巻き起こる。迎えた最初のバッターには、コントロールが定まらずフォアボールを与えてしまった。だが、2人目は見逃し三振。3人目、最後のバッターはセンターフライに打ち取った。大田は思い出のマウンドで、まずまずのピッチングをみせた。表情は晴れやかだった。トライアウトの翌日、神奈川県の自宅に戻った大田は、トライアウト会場で手に入れた資料を妻に渡した。それは、プロ野球選手会が配布しているセカンドキャリアについての資料。現役より引退後の方が遥かに長い。そんな第2の人生を充実させるために、プロ野球界では新たな仕事の紹介や資格の取得など、セカンドキャリアのサポートに力を入れている。1日でも早く家族を安心させたい。そのためには、幼い頃からただひたすら追いかけてきた野球への思いを断ち切らなくてはならない。その夜。大田は新たな決意を家族に告げた。
トライアウトから1週間後の2016年11月19日。大田は意外な職業を目指すと決めた。それは警察官。かっこいいだけではない。公務員なら収入が安定する。そう考えたのも、選んだ理由の1つだった。受験するのは警視庁の採用試験。警視庁の採用試験は大学卒業程度の学力者が受ける?類と高校卒業程度の学力者が受ける?類に分かれ、大田の受験する?類は、例年競争率6倍前後にもなるかなりの難関だ。試験はまず1次として、筆記試験、身体検査、適性検査が行われ、これらをクリアした者が2次の面接、体力検査などに進む。合格すれば10か月の研修後、巡査からスタート。昇級試験を経て、頑張り次第では、警視長まで出世できる可能性もあるという。1次試験に向け、大田の戦いが始まった。野球一筋の人生、正直、腰を据えて勉強したことなどない。出題されるのは、数学、政治、さらに警察独特の判断推理という問題も。家族のために大田は毎日6時間以上の勉強を1か月続けた。そして2017年1月8日。大田は東京・府中市で行われる警視庁採用試験に臨んだ。自信は五分五分。結果は後日、郵送で届く。
試験から11日後の1月19日。合否の通知が大田のもとに届いた。見事合格。2次試験の案内が書いてあった。次は面接と体力テスト。そして9日後の1月28日、2次試験を受けた大田。初めて体験した就職活動。社会で働く事への不安以上に期待を持つことができたという。警視庁採用テストの最終的な合否は3月下旬に発表される。
甲子園で魅せた快刀乱麻のピッチングとプロで成功出来なかった悔しさを胸に、第2の人生に踏み出した大田阿斗里。努力の先にきっともう1つのバース・デイがやってくるだろう。
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