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BACK NUMBER #484 2015.8.15 O.A.

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天才と呼ばれた男の壮絶なマラソン人生
これまで、多くのメダルを獲得してきた、日本男子マラソン。しかしここ10年、メダルは1つのみ。長い低迷が続いている。
今年4月、8月22日に開幕する世界陸上・北京に向け、日本男子マラソンの代表選手たちが、コースの視察を行っていた。ゴールは2008年の北京五輪で使われた、通称・鳥の巣と呼ばれるスタジアム。このスタジアムを、ひときわ感慨深げに見つめる、1人のベテラン選手がいた。藤原正和(34)。今から12年前。当時21歳の大学生だった藤原は、初マラソンの日本最高記録を樹立。マラソン界を救うニューヒーローと注目された。しかし、その後10年間、ケガや病に苦しみ、ついには引退を考えるまで追い込まれた。どん底から日本代表へ。奇跡の復活の裏には、苦しみのさなかに結ばれた妻の献身的な支えがあった。天才と呼ばれた男の壮絶なマラソン人生。
藤原の名が一躍轟いたのは箱根駅伝。中央大学で1年生から出場し、2度の区間賞を獲得したスター選手だった。そして、2003年3月、大学4年生で初めてマラソンに挑んだ藤原は、陸上界に衝撃を与える。世界陸上の選考を兼ねたレースで、日本人トップの3位でゴール。しかも、初マラソンの日本最高記録を打ち立てるという、まさにニュースター誕生の瞬間だった。記録更新は12年ぶり。40秒以上も上回ったその記録は、未だ破られていない。華々しいデビューを飾り、世界陸上への切符をつかんだ若き天才ランナーとして、彗星の如く現れた藤原を、マスコミは大きく取り上げ、スターのように扱った。藤原も明るい未来を信じていた。しかし迎えた2003年の世界陸上パリ大会、レース本番の4日前のことだった。藤原はこの1か月前から、右ひざに痛みを感じており、ギリギリまで治療を続けていたが、症状は回復せず、現地パリに入りながら、世界の大舞台を目前に無念の欠場となった。それから4か月、悔しさを晴らすべく、就職した社会人チームで駅伝に出場。しかし、リベンジの思いとは裏腹に、陸上人生で初めての屈辱を味わった。藤原は、更なる過酷な練習を自らに課した。しかし、それが裏目に出た。
『オーバートレーニング症候群』
疲れと回復のバランスが崩れ、様々な症状が全身に表れる。藤原の場合は、肝機能障害、更に慢性的な腰痛にも見舞われた。輝かしい記録を打ち立てた、初マラソンから5年、藤原は一度もマラソンを走ることが出来なかった。それでも復活を信じ、諦めることなく走り続けた。
2010年2月。藤原は28歳で3度目のマラソンに出場した。これまで苦難の中にあった男が、この日は先頭集団にいた。冷たい冬の雨が降る厳しいコンディションの中、ゴール間近の40km地点で藤原が勝負をかけ、初めて優勝を掴み取った。21歳の初マラソンから7年が経過していた。復活を果たした藤原は、翌年愛すべき家族もできた。2011年、友人の紹介で知り合った麻紀子さんと結婚。長女も誕生した。2人が出会ったのは、初優勝より前の藤原が苦しみの真っ只中にいる頃のことだった。支えてくれる妻、愛しい娘。さらなる飛躍を誓う藤原に、力強い存在ができた。しかしこのあと、藤原に引退を考えるほどの大きな試練が襲い掛かる。
初優勝から2年後の2012年。藤田は、ロンドン五輪の選考レースに出場し、31位と大惨敗を喫した。さらに翌年には、持病の貧血を悪化させてしまう。試合どころか練習まで止められてしまった。このとき藤原は31歳。初マラソンから10年が過ぎていた。「引退」の2文字が頭をよぎった。苦悩する藤原を支えたのは、妻の麻紀子さんだった。麻紀子さんは、藤原のため食事対策に取り組んだ。その甲斐あって、藤原の貧血は改善していった。そして2013年3月。藤原は世界陸上の代表選考レースに出場した。これでダメなら引退する。そんな覚悟で挑んだ藤原は、日本勢でただ1人、外国人グループに食らい着き、世界陸上の代表権を獲得した。一度は引退を覚悟した男が、32歳で初めて世界陸上の舞台に立つことになった。結果は14位。満足のいくものではなかったが、妻は藤原が日本代表として、走り抜いた事が何よりも嬉しかった。
2014年12月。藤原が2015年の世界陸上の選考を兼ねたレースの1つ、福岡国際マラソンに臨んだ。狙うは日本人トップ。藤原は外国人の3選手の後方、4位グループに位置取った。そして33km過ぎに勝負に出る。ロングスパートで後方を突き放し、日本人トップでゴール。このことが評価され、藤原は世界陸上の代表に選ばれた。世界陸上で、8位以内に入賞し、かつ日本人トップになれば、来年のリオデジャネイロ五輪出場が内定する。藤原はその切符獲得を見据え、厳しい練習に取り組んでいる。藤原には妻の由紀子さんと、結婚前に交わした約束がある。
「妻を五輪へ連れて行く」
家族に支えられ、悲願の北京を走る藤原正和。34歳の人生のリベンジに期待する。
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