バックナンバー:バース・デイ

BACK NUMBER #390 2013.8.31 O.A.

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北海道日本ハムファイターズ、陽岱鋼
2013年プロ野球、パ・リーグの首位を独走する東北楽天。
一方、首位楽天を追う2位以下のチームは大混戦。クライマックスシリーズの出場権争いもあるため、連日、熾烈な戦いが繰り広げられている。
そのチームの中に、まさかの最下位から急浮上しているチームがある。
昨年の覇者、北海道日本ハムファイターズ。
大事な戦いが続くチームを、幾度となく救ってきたのがこの男。
背番号1。赤いリストバンドに長髪がトレードマークの陽岱鋼(ようだいかん)。26歳。
1987年、陽岱鋼は台湾で生まれた。
小さい頃から野球をしていた陽は、台湾代表にも選ばれていたが、その頃試合をした日本代表選手のレベルの高さに驚いた。
そして、中学卒業後、陽は1人で日本へ留学することを決意。
選んだ高校は、かつて甲子園で準優勝したこともある福岡第一高校。
しかし日本語もわからない日本での生活は16歳の陽にとって地獄のような日々だった。
しかし「日本で必ず夢を掴む!」陽は強い決意で挑み続けた。
高校2年生で、4番に抜擢され、夏の福岡県大会では、準優勝。
そして、2005年の高校生ドラフト会議。
陽は、2球団からドラフト1位指名を受け交渉権を獲得した北海道日本ハムファイターズと契約。
しかし、1年目のシーズンは結果を残せずシーズンを終えた。
そしてこの年のシーズンオフ、陽は後に妻となる、2歳年上のワンロンさんと出会った。
台湾に帰省していた時、友人の紹介で知り合い意気投合すぐに交際に発展した。
陽は、日本に戻るまでの2カ月間、ワンロンさんと毎日のようにデートを重ねた。
その後陽は日本に戻り、2人は遠距離恋愛となった。
電話や手紙のやりとりなどをしながら交際を続けたが、陽はその後のシーズンでも結果を残すことが出来なかった。
そんな陽の落ち込んでいる様子を見たワンロンさんは大きな決断をする。
交際から1年が経った2009年の1月。
ワンロンさんは台湾を出て、陽のいる日本に来て一緒に暮らし始めたのだ。
そして、毎日でも会いたいという陽の思いに応えるため、年間60試合近くも球場へ足を運んだという。
そして、2009年12月。
日本でのシーズンを終えた陽は、台湾代表として、地元のチャリティーマッチに出場。
ワンロンさんも試合に招待していた。
そして試合途中に突然セレモニーが始まった。
陽は、ワンロンさんに、これまでの感謝の思いも込め、サプライズのプロポーズ。
周りの選手たちや観客に見守られる中、ワンロンさんはプロポーズを受け2人は見事結ばれたのだった。
その翌年。陽は、シーズン後半に外野のレギュラーの座を掴み、さらに翌年には、長女リンリンちゃんが生まれ順風満帆だった。
そして、今シーズンも試合の時には球場に妻のワンロンさんと、娘のリンリンちゃんが駆けつけてくれ、試合が終わればワンロンさんが陽の大好きな台湾料理を、用意してくれている。
親元を離れ異国の地で、たった一人戦うことを決意した、陽岱鋼。
どん底の自分を、支えてくれた妻への恩返しの為、陽はこれからも、戦い続ける。
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