バックナンバー:バース・デイ

BACK NUMBER #363 2013.1.26 O.A.

バックナンバー
井村雅代
1月3日、大阪。
正月の三ケ日早々、彼女は自らが運営するシンクロクラブの選手達を指導するため、プールに訪れていた。
シンクロナイズドスイミング・コーチ、井村雅代。
日本のシンクロの母と呼ばれた井村は現在62歳。
還暦を過ぎてもなお、代名詞とも言えるあの熱血指導は健在だ。
井村は現在、代表コーチを離れ、クラブに所属する選手達を指導している。
しかし、さかのぼること半年前、井村が驚くべき歴史的な快挙を成し遂げた事をご存じだろうか?
昨年行われたロンドンオリンピック。
日本勢が史上最多のメダル獲得という活躍をしたその裏で…
井村は中国のヘッドコーチとしてオリンピックを戦い、デュエットで銅メダルを、チームで銀メダルを選手達にもたらした。
このメダル獲得で、井村は、シンクロがオリンピックの正式種目になった84年のロサンゼルス以降すべてのオリンピックで、指導した国にメダルをもたらすという偉業を成し遂げた。
実に28年間、なぜ井村は長きにわたりメダルを獲らせ続けることができたのか。
また、そもそもなぜ井村は日本のナショナルコーチを離れ、中国で指導したのか。
そこには、井村独自のコーチ哲学があった。
井村在任中、日本はメダルを取り続けた。
指導した全大会全種目で、1つも逃すことなくメダルをもたらした。
そして、2004年、アテネオリンピックを最後に、54歳で日本代表コーチから退いた。
しかし、それから2年後の2006年10月。
中国の依頼に、井村はすぐに答えを出すことができなかった。
一方で、井村はそのオファーに魅力を感じていた。
日本のために、世界の勢力図を変えるべく、コーチ要請を受けてから2か月後、井村は中国のオファーを受けることを決めた。
 だが、その決断は大きなバッシングを受けた。
日本シンクロの母と呼ばれた人が他の国に行くなど裏切り行為ではないか。
日本のシンクロのためにと決断を下した井村の思いが、世間に理解されるなかった。
結局、中国は見事銅メダルを獲得。
井村は日本時代から数えて7大会連続でメダルをもたらした。
このあと井村は、一度中国チームのコーチを辞め、自分のクラブに戻った。
しかし、2010年、中国から強いオファーがあり、再び中国チームのヘッドコーチとなった。
そのオファーを受けた時、井村は次に目指すべく具体的な目標を立てた。
そして迎えたロンドンオリンピック。中国は銀メダル。
井村は狙い通りのメダルを射止め、日本時代を含む、すべてのオリンピックでメダルを獲得するという偉業を更新した。
[BACKNUMBER]
banner_AD
Loading…

SNS

TBSトップページサイトマップ Copyright© 1995-2024, Tokyo Broadcasting System Television, Inc. All Rights Reserved.