バックナンバー:バース・デイ

BACK NUMBER #304 2011.10.8 O.A.

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メジャー昇格に懸ける田澤純一に密着
覚えているだろうか・・・今から2年前、メジャーリーグで鮮烈なデビューを果たしたこの男の事を・・・
男の名は、田澤純一、当時23歳。彼は、名門・ボストン・レッドソックスの一員として、
いきなりヤンキースとの試合のマウンドに上がった。1年目に2勝をマークするなど、大物の新人投手として、大きな期待を集めていた。だが、そこから2年間、メジャーの舞台で、彼の名を聞くことはなかった。一体田澤に何が起こっていたのか・・・
田澤が、メジャーリーグを意識したのは社会人野球時代。高校では無名だった田澤は、入団4年目にエースピッチャーに成長。ストレートは150キロを超え、都市対抗野球で日本一に輝くなど、田澤はアマ球界・ナンバーワンピッチャーとまで呼ばれるようになった。そしてこの時、日本のプロ野球界だけでなく、メジャーリーグのスカウトも、田澤の獲得に興味を示していた。
しかし、日本球界では、それまでアマチュアの有望選手が、日本のドラフトを拒否して、直接メジャーへ行くことの前例が、ほとんどなかった。そのため、この問題が、新聞やテレビで大きく議論されていた。日本のドラフト会議までの1か月、田澤の決断に注目が集まった。そして田澤は、メジャー挑戦という大きな決断を下した。
その年の12月。田澤は、ボストン・レッドソックスと3年契約を結んだ。2009年、田澤のメジャー挑戦が始まった。だが・・・1年目は、シーズン終盤にメジャーリーグで2勝をあげたものの、右ひじの故障などで、ほとんどの時間をマイナーリーグで過ごした。さらに2年目の開幕直前、前年に痛めた右ひじがさらに悪化。移植手術を余儀なくされ、シーズン中の復帰は絶望的だった。人一倍強い思いで、アメリカにやってきたが、メジャーで結果を出すどころか、マウンドにも上がれない日々。
そして、2011年。レッドソックスとの契約が最後の年となる、勝負の3年目。この1年で、契約が切れる田澤にとって、結果を残すことが出来なければ、それ以降、野球が出来る保障はどこにもない。
果たして、再びメジャーの舞台で活躍することが出来るのか。
田澤の野球人生をかけた勝負の1年、知られざる苦悩と葛藤の日々に密着した。
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