放送内容
ラオス北部の内陸に広大な盆地がある。巨大な石壺=ジャールが2000個もあることからジャール平原と名付けられた。場所は森の中、丘の上、草原などさまざま。10km離れた山中には石壺を切り出した石切り場も見つかった。ところが石壺の使い道はいまだによくわかっていない。文字による記録が残っていないのだ。しかし近年、調査により地面から次々と人骨が見つかっている。石壺が置かれた場所はかつての墓地だったのだ。
最大6トン 巨大石壺の謎
ジャール平原の石壺は大きなものは高さ3m以上、重さはなんと6トンにもなる。しかしその用途はハッキリしない。巨大な石壺はいったい何のために作られたものなのか?
石はどこから?
石壺は砂岩で作られていた。しかし付近で砂岩は産出しない。実は10kmも離れた山に石切り場があった。山の斜面には今も作りかけの石壺が残されている。
石壺をつくった人々
石壺をつくったと思われる人々の人骨がいくつも出土した。焼かれた形跡がないことから土葬されたようだ。そして近年、全身骨格が見つかり頭蓋骨の一部を見せてもらった。
大地に無数の丸い穴
ジャール平原の遺跡近く、地面に無数の大きな穴が開いている。それは戦争の爪痕だった。
ベトナム戦争時、大量の爆弾が落とされたのだ。不発弾処理が調査の障壁となってきた。