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2018年9月9日「イギリスの湖水地方 絶景を救ったピーターラビット」

イギリスの湖水地方

イギリスの湖水地方は、2017年に登録されたばかりの文化遺産。多数の湖が点在し、羊たちが牧草を食む丘陵地帯は、イギリスの原風景とも言える風景が広がっています。今回の主役となるのは日本でも有名なピーターラビット。この美しい風景は、実はこのピーターラビットが守ってきたのです。世界的に有名なうさぎのキャラクターがどのようにして絶景を守ってきたのか、取材した小澤ディレクターに話を伺いました。

世界中で愛される絵本 ピーターラビットのふるさと

湖水地方には、自然が創り上げた起伏に富んだ土地と、人が自分たちの暮らしのために作りだした牧草地や石造りの建造物が美しく調和した景観が広がっています。その土地を愛したある女性の手から、世界中で愛されることになる一匹のうさぎのキャラクター、ピーターラビットが誕生しました。

──今回の放送の主役はピーターラビットということですが、まずは「イギリスの湖水地方」が、どのような世界遺産なのか教えてください。

小澤ディレクター(以下、小澤):湖水地方は、イギリスの中西部にある40ほどの湖が集まった広大なエリアです。標高1000メートルほどの山々が連なった丘陵地帯になっていて、取材に訪れた6月は緑が一番美しい季節で本当にきれいでした。ここは有名な観光地で、観光客の数は年間で何と2000万人にもなるんですよ。一番大きなウィンダミア湖は全長が南北に17キロある細長い湖で、その周辺はリゾート地のような賑わいがあります。それ以外の場所では、羊たちが牧草地で草を食んでいるのどかな風景が広がっています。撮影班は、湖の北にあるアンブルサイドという町に宿泊しました。ここは16世紀に羊毛業で栄えた町で、石造りの歴史的な建物が残されています。

湖水地方の起伏に富んだ土地は、氷河によって削り取られてできました。谷底にたまった水が、数多くの細長い湖を生み出しました。最も大きなウィンダミア湖は全長17キロの細長い湖。周辺はリゾート地のような雰囲気です。

──湖水地方は自然遺産ではなく文化遺産ですが、どのような理由で登録されたのですか?

小澤:登録理由はいくつかあります。起伏に富んだ土地や細長い湖は、かつて氷河が大地を削って生まれたものですが、そこに広がる牧草地は人の手で作られたものです。また広大な牧草地は、石を積み上げた灰色の石壁で区切られていて、湖水地方の独特の景観を作り上げています。石造りの家や石壁、美しい緑が広がる牧草地といった人が造ったものと自然とが美しく融合した景観が維持されていることが、登録理由のひとつです。牧草地の石壁は、セメントなどを使わない“空積み”という伝統的な工法で造られています。とても頑丈で、一度造ると200年もつそうですよ。今でも石壁を守るボランティアの人たちがいて、石壁の修復方法を見せてもらいました。

ウィンダミア湖の北にある町、アンブルサイド。石造りの歴史的な建造物が数多く残されています。

──今もこの景観を守っている人たちがいるんですね。そのほかの登録理由は何でしょうか?

小澤:湖水地方の美しい景観は、多くの画家が作品に描いてきました。そしてロマン派の詩人ワーズワースが愛した場所であり、世界的に有名な絵本のキャラクター「ピーターラビット」が生まれた土地でもあるんです。数多くの絵画作品や、文学作品に影響を与えた土地であることも、世界遺産に登録された大きな理由です。そういうわけで番組では、ピーターラビットと、作者のビアトリクス・ポター™にスポットを当てました。

丘陵地帯の牧草地には、湖水地方だけで飼われているハードウィック種という羊が放牧されています。牧草地を縦横に走る黒い筋は牧草地を区分けする石壁です。石壁は、接着剤などを使わない“空積み”という伝統的な工法で積み上げられています。

──ピーターラビットは日本でも大人気のキャラクターですが、湖水地方とは具体的にはどういった関係があるのですか?

小澤:ピーターラビットは1902年に刊行された絵本で、世界110カ国で出版され、総発行部数は2億5000万部にもなる大ベストセラーです。実はウィンダミア湖の西にあるニア・ソーリー村が、ピーターラビットのふるさとなんです。絵本の中には、村に実在する場所が挿絵として登場してるんですよ。ピーターが手紙を出した赤いポストは、村の人気の観光スポットになっています。またポターが住んでいたヒルトップ農場が残されているのですが、その庭や畑なども絵本に登場しています。ヒルトップ農場はポターが暮らした当時のままの状態で保存されていて、一般にも公開されています。ピーターラビットの挿絵の風景が番組にも登場しますよ。

ピーターラビットのふるさとであるニア・ソーリー村には、絵本の挿絵に登場した風景が散りばめられています。今も使われている赤いポストは、ピーターが手紙を投函する挿絵のものです。

──たびたび挿絵に登場するほどですから、ポターはニア・ソーリー村に強い思い入れがあったんでしょうね。

小澤:そうなんです。ポターが湖水地方に初めて来たのは16歳のときで、それから毎年、家族旅行で訪れるようになったんです。ロンドンで生まれ育ったポターは、この土地の美しさにすっかり魅了されたんですね。ポターがピーターラビットを書いたとき、彼女は実はまだロンドンに住んでいました。ヒルトップ農場を手に入れてニア・ソーリー村で暮らすようになったのは、絵本がヒットしたあと、ポターが39歳になってからなんです。その後77歳で亡くなるまで、湖水地方で暮らしました。そしてポターとピーターラビットのおかげで、この湖水地方の景観は守られているのです。

ピーターラビットの作者、ビアトリクス・ポターが暮らしたニア・ソーリー村のヒルトップコテージ。コテージの前の畑や門、蜂の巣箱なども絵本の挿絵として登場しています。