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2018年7月8日「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」

今に残された禁教期の儀式と小さな教会たち

潜伏キリシタンは禁教が解けると、それぞれの道に分かれて進みました。そのひとつである「かくれキリシタン」は潜伏していた時代の独特の信仰を今も残していました。一方カトリックに戻った人々は、各所にさまざまな教会を建築したのです。

──明治時代にやっと禁教から解放されたわけですが、潜伏キリシタンの存在はどのようにして判明したのでしょうか?

城代:1865年、世界遺産に登録された大浦天主堂で、ある出来事が起こりました。この教会は開国後、長崎に滞在している外国人のために建てられたもので、当時はまだ禁教期でした。そんな中、厳しい監視の目を逃れて十数人の日本人が大浦天主堂を訪れ、自分たちがキリシタンであること神父に告白したのです。「信徒発見」と呼ばれるその事件があった3月17日は、現在でもミサが行われています。その後も明治政府による厳しい弾圧は続きましたが、海外からの非難などもあり、禁教が解かれることになりました。

潜伏キリシタンの存在が明らかになった「信徒発見」の場所である、大浦天主堂。当時、信徒であることを告白した潜伏キリシタンたちが祈りを捧げたマリア像が残されています。

──禁教が解けたあと、潜伏キリシタンはどうなったのでしょうか?

城代:各地の潜伏キリシタンは禁教が解けると、カトリックに復帰する人、仏教や神道に改宗する人、そして、禁教期の信仰の形をそのまま続ける「かくれキリシタン」とに分かれたんです。約250年続いた禁教期の間、潜伏キリシタンの信仰は、独自の形で受け継がれてきたのです。禁教期から現代にまで伝えられている、かくれキリシタンの儀式も撮影させてもらいました。

生月島には、禁教期の信仰の形を受け継ぎ、今も行っている「かくれキリシタン」と呼ばれる人たちがいます。教会の代わりとなる家には、神さまを描いた絵が、ご神体である「お神さま」として祀られています。

──潜伏キリシタン時代の信仰をそのまま守り続けているんですね。どのような儀式を行っているのですか?

城代:平戸島の北西にある生月島のかくれキリシタンの「お水取り」という儀式を撮影させてもらいました。行われたのは2年前で、数年に1回しか行われない儀式です。生月島と平戸島の間の沖合いに、中江ノ島という小さな無人島があります。ここはかくれキリシタンの聖地になっていて、岩のすき間から染み出す「お水」を受け、魂入れという儀式を行って聖水にするんです。その際にも唱えられる言葉や歌は「オラショ」と呼ばれ、250年、口伝のみで伝えられた、かくれキリシタンの祈りの言葉なんです。

かくれキリシタンの聖地である中江ノ島で、お水取りの儀式が行われました。祈りの言葉である「オラショ」を唱え、節のついた「唄オラショ」を歌うと、岩の間から水が染み出します。この水に「魂入れ」を行い、聖水にします。

──現在のかくれキリシタンの存在が、日本の禁教の歴史を証明しているんですね。

城代:そうなんです。一方で、潜伏キリシタンからカトリックに復帰した人々は、各地に教会を建てました。五島列島の各島々には、集落ごとに教会が建っていて、カトリックの信徒が数多くいることがわかります。立派な教会もありますが、素朴で温かみのある小さな建物もありました。

──印象に残った教会を教えてください。

城代:例えば、五島・久賀島の奥地に五輪集落という2世帯しかいない小さな漁村があります。ここには旧五輪教会堂という和風の教会が建っています。色セロハンをガラスで挟んだステンドグラス風の飾り窓からは、温かみのある光が差し込んでいました。佐世保市の黒島にある黒島教会は、立派なロマネスク様式の建物ですが、天井の美しい木目は、すべて手描きでした。いずれも、費用の捻出が厳しい中、自分たちの教会を少しでも立派に見せたいと工夫したんですね。かつて潜伏キリシタンが暮らしていた野崎島のような離島にも、赤いレンガ作りの教会、旧野首教会が残されています。各所に多数建てられた教会を見ていると、禁教から解放された人々の気持ちが伝わってきます。

五島・久賀島にある、二世帯の家族しかいない五輪集落。禁教が解かれたあとに、カトリックの教会、旧五輪教会堂が建てられていました。ステンドグラスの代わりに、色セロハンを挟んだガラスがあしらわれていました。

佐世保の黒島にある黒島教会は、立派な佇まいです。中に入ると天井の木目が美しいのですが、実はこれは手描きの模様でした。少しでも豪華に見せるために、いろいろな工夫をしていたのです。

──最後に番組の見どころをあらためてお願いします。

城代:「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」は、宗教弾圧の歴史です。この番組が、そういった歴史が日本にあったという認識を深める、ひとつのきっかけになればと思っています。またその一方で、五島列島の美しい海と自然もぜひご覧いただきたいと思います。ドローンで撮影した空から見た五島の海は、息をのむ美しさです。また、無人島となっている野崎島は、400頭のシカが生息していて、日本とは思えないような光景が広がっていました。長崎、天草のそんな魅力も、知ってほしいと思います。