特集

2018年2月18日「メイマンドの文化的景観」

二千年続く移牧生活と不思議な洞窟住居の村

イランの荒涼とした高地に、2000年も前から洞窟で暮らし続けてきた人々がいました。岩壁に並ぶいくつもの穴。これらがメイマンドの遊牧民たちの住居なのです。世界でも珍しい、この洞窟住居で暮らす人々の生活を、日本のテレビカメラが初めて撮影しました。取材した石渡ディレクターに、話を聞きました。

季節ごとに住居を変える移牧生活

メイマンドの風景の特徴は、岩肌にいくつも並んだ洞窟の入口です。遊牧民たちは、この洞窟住居で冬を越して、春になると草原に引っ越し、夏には山に移動します。2000年変わらず続いてきた半移牧生活を、実際に見せてもらいました。

──今回はイランの「メイマンドの文化的景観」です。まずはどのような場所なのか教えてください。

石渡ディレクター(以下、石渡):メイマンドは、イランの南東部、標高2300メートルほどの高地にある村です。岩だらけの乾燥した土地で、はるか昔から遊牧民が暮らしてきました。この世界遺産で最も特徴的なのは、彼らの住居です。この村の遊牧民は、岩に開けた洞穴を住み処としているんです。番組では、この洞窟住居で暮らす人々の生活の様子を中心にお送りします。

メイマンドの村。まるで露天掘りの鉱山のような風景です。建物はあまり見当たらず、代わりに岩肌に開けられた洞窟の入口が並んでいます。

──洞窟の住居というと原始的なイメージがありますが、メイマンドの人々はどれくらい前から洞窟で暮らしているのでしょうか?

石渡:メイマンドに最初に洞窟住居ができたのは、2000年以上前です。それからずっと洞窟を住居としていて、現在は400ほどの洞窟住居が残っています。岩壁に入口がたくさん並んでいる様は、まるで集合住宅のようです。

キーチェを通って、ある洞窟に入っていく石渡ディレクター。ここは大きな洞窟の家で、家畜を飼う部屋もありました。

──洞窟住居の中が気になりますが、どんなふうになっているのですか?

石渡:洞窟住居の入口の手前には、キーチェと呼ばれる風よけを兼ねた通路があります。その先の入口は小さくなっていて、外気の影響をできるだけ受けないようになってます。中に入ると内玄関のような部屋があって、そこからさらに各部屋へ続く入口があります。居間には鮮やかな絨毯が敷いてあったりして、イランらしい伝統的な雰囲気があります。

入口までの通路、キーチェを通って洞窟住居の中に入ると、広い居間があります。絨毯が敷いてあり、靴を脱いで上がります。

──原始的な外観からは想像できないような、ちゃんとした生活空間になってるんですね。

石渡:そうなんです。でも彼らがこの洞窟住居で暮らすのは、冬の間だけです。遊牧民である彼らは、季節ごとに引っ越しながら3つの場所で暮らしているんです。われわれが取材に訪れたのは秋も深まった11月だったのですが、まだ夏の住居に残っている家族がいると聞いて、山の放牧地であるテルベネに向かいました。

夏の住居となる、山の村テルベネ。建物は風通しのいい作りですが、取材した11月には、かなり気温が下がっていました。

──夏の間は、山で暮らしているんですね。テルベネはどんな場所でしたか?

石渡:メイマンドからは15キロほど離れた場所で、標高はだいたい2800メートルです。この時期までテルベネに残っていたのはひと家族だけで、訪れた日は、ちょうど冬の住居であるメイマンドに引っ越しする日でした。たくさんの羊たちといっしょに移動する様子も撮影させてもらいました。メイマンドの洞窟住居の中には、家畜小屋や納屋、倉庫もあるんですよ。

夏の放牧地から、冬に暮らすメイマンドへの引っ越しが始まりました。羊の群を追いながら進みます。牧草の少ないメイマンドでは、わずかに生える桑の葉を落として羊に与えていました。

──こうしてメイマンドで冬を過ごしたあと、3つ目の場所に引っ越すわけですね。

石渡:はい。春になるとメイマンドの近くの草原の放牧地、サレ・アーゴルに引っ越します。ここの標高は2000メートルほどです。テルベネとサレ・アーゴルの住居もちょっと変わっています。石積みの壁に、木の枝を組んだり草を葺いたりして屋根を作ります。また寒さ対策で、上を土や砂で覆った建物もあります。どちらも周りにある自然のものだけを使って建てた家なんです。見た目はあまりよくないですが、草葺きの家は夏場に風通しがよく、土で覆った家は肌寒いときに寒さから守ってくれます。デルベネとサレ・アーゴルも世界遺産に登録されています。

春の放牧地、サレ・アーゴルの2種類の住居。草葺きの家と、土をかぶせた家。石積みの壁に枝を組み、草を葺いて屋根を作ります。住居も、周りにあるものだけで建てるのです。