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2017年8月27日「ヴェネツィアとその潟」

海に浮かぶ“1000年の都”の意外な真実

大小の運河が縦横無尽に走る海の都、ヴェネツィア。かつて都市国家として栄華を極め、1000年にわたって地中海に君臨しました。今では、歴史的な建造物が建ち並び、ゴンドラが運河をゆったりと行き交う華やかな観光地としてあまりにも有名です。しかし、本島から一歩足を伸ばせば、一面のラグーナ! 湿地と干潟という、意外な光景が広がっています。そんなヴェネツィアのあまり知られていない一面を取材した、大浦ディレクターに話を聞かせてもらいました。

自然の要塞!?ラグーナに守られた海上都市

ヴェネツィア本島はひとつの島のように見えますが、実は124もの小さな島の集まりです。そして、その回りは湿地や干潟が広がるラグーナで囲まれています。そのような条件の悪い場所にもかかわらず、なぜここに街が造られ、発展していったのか? そこにはヴェネツィア誕生の秘密がありました。

──今回は、水の都として世界的に有名なヴェネツィアですね。まずはどのような世界遺産なのか教えてください。

大浦:はい。ヴェネツィアは、イタリアの北部、アドリア海に面した海上の都市です。本島は124もの小島が橋でつながれていて、島々の間の海が大小の運河となって縫うように走っています。その中心となるのがカナルグランデと呼ばれる大きな運河で、ヴェネツィアの交通の大動脈となっています。世界遺産としては「ヴェネツィアとその潟」として登録されていて、今回は、その「潟」の部分にも注目してみました。

ヴェネツィアと聞いて思い出すのは、大小の運河が流れる美しい街並みと、観光客を乗せたゴンドラの姿です。ゴンドラを操るゴンドリエーレは、ヴェネツィアに433人います。

──なるほど。ヴェネツィアの街だけが登録されているわけではないのですね。

大浦:そうなんです。あまり知られていませんが、ヴェネツィアの周辺は、実は干潟や湿地が点在するラグーナと呼ばれる浅い海なのです。上空から見るとよく分かりますが、ヴェネツィアの島々を囲むようにラグーナが広がっています。

上空からのヴェネツィア周辺の様子。真上から見ると、砂州でできた天然の堤防とその内側のラグーナがよく分かります。湿地が点在する浅い海も、ヴェネツィアらしい風景です。

──ヴェネツィア周辺のラグーナはどのようにして生まれたのですか?

大浦:川から流れてきた土砂が堆積して、河口付近から浅瀬になっていきます。一方で、アドリア海から寄せる波で砂州が作られ、外海との間の自然の堤防が築かれました。その結果、内側がラグーナになっていきました。ヴェネツィアがあった場所は元々、湿地と干潟しかない土地だったのです。

干潮になるとラグーナの下に隠れていた干潟が現れます。降りてみるとぬかるんでいて、うまく前に進むことができません。

──地盤の悪いラグーナに街を作るのはたいへんそうですが、なぜそのような場所に街ができたのでしょうか? 

大浦:6世紀頃、異民族から逃れてきた人々が、ここに点在していた湿地帯に住むようになったのが始まりと言われています。地盤の悪い湿地帯に長さ10メートルもの木の杭を何本も打って、その上に建物の土台を作りました。ラグーナはとても浅く、水深は平均1.5メートルくらいしかありません。さらに湿地が点在していて、座礁の危険があるので船で侵入するのは難しい場所です。また、干潮になるとあちこちに干潟が現れます。実際に干潟の上を歩いてみましたが、ぬかるみに足を取られてまともに前に進むこともできません。このようにラグーナは自然の要塞となっていて、外敵が侵入しにくい場所だったのです。

浅いラグーナに巨大な豪華客船が! 海底を掘ってできた「船の道」があるので、大型船もヴェネツィアに近付くことができるのです。

──現在ではたくさんの船がヴェネツィアに出入りしています。どうして航行できるのでしょうか?

大浦:ヴェネツィア周辺には、船が通れるように海底を掘った「船の道」が隠れているのです。そのおかげで、今では大型船も入ってくることができます。10階建てのビルほどもある巨大な豪華客船がラグーナに入ってくる様子は圧巻で、ちょっと異様な感じすらしました。海の道は杭で示されていて、そこを通れば座礁の心配はありません。かつて、ラグーナに外敵が船で押し寄せてきたときには、その杭を抜いて海の道をわからなくしてしまい、敵の船を座礁させて守ったという話もあります。

ルートが分かるように杭で示された船の道。ラグーナの水深は平均で1.5メートル。この杭がなければ、大きな船はあっという間に座礁してしまいます。

──ラグーナと共に暮らしてきたヴェネツィアの人たちは、ラグーナを知り尽くしているのですね。

大浦:「ヴェネツィアとはラグーナのことである」と言われるくらい、ヴェネツィアの歴史と生活に根付いています。昔から、ラグーナで漁をして生活を支え、自宅の庭のプールのようにラグーナを憩いの場にしてきました。休みの日には今でも、小さなボートで干潟に向かい、ラグーナで過ごす地元の人たちがたくさんいます。ラグーナはヴェネツィアの人にとって、切っても切り離せない存在なのです。

小さなボートで乗り付けて、砂州で遊ぶ人々。地元の人たちにとって、ラグーナは、休日をゆったり過ごす憩いの場所でもあるのです。