高山勝成
高山勝成
高山勝成
- IBF世界ミニマム級王者
世界四団体王者 - 生年月日
- 1983年5月12日
- 出身
- 大阪府大阪市
- プロ通算戦績
- 38戦30勝(12KO)7敗1無効試合
- 所属
- 仲里ジム
2000年10月18日
17歳でプロデビュー
2002年10月14日
元WBA世界ミニマム級暫定王者ソンクラーム・ポーパオイン(メキシコ)に判定で勝利し,WBAミニマム級4位にランクイン
2005年4月4日
WBC世界ミニマム級タイトルマッチで王者イサック・ブストス(メキシコ)に挑戦。判定勝利で王座奪還。
2005年8月6日
WBC世界ミニマム級初防衛戦にて元王者のイーグル京和(角海老宝石)と対戦。判定で敗れてベルトを失う。
2006年11月7日
WBA世界ミニマム級暫定王座決定戦にてカルロス・メロ(パナマ)を9R負傷判定で下し暫定王座獲得。2団体制覇達成。
2007年4月7日
WBA世界ミニマム級王座統一戦にて、正規王者・新井田豊(横浜光)に判定で敗れ、王座統一失敗。
2009年7月14日
WBA世界ミニマム級タイトルマッチにて王者・ローマン・ゴンサレス(ニカラグア)に3-0の判定で敗退。
<JBCに引退届を提出。フィリピン・ALAジムを拠点に活動を行う>
2011年1月29日
IBF世界ミニマム級タイトルマッチにて王者・ヌコシナチ・ジョイ(南アフリカ)と対戦。
3R偶然のバッティングにより高山が負傷。レフェリーは続行不能と判断し、無効試合となった。
2012年10月13日
フィリピンにてIBF世界ミニマム級挑戦者決定戦をマテオ・ハンティング(フィリピン)と戦う。
判定で敗れるが、薬物検査に不備があり無効試合にはならなかったが、挑戦権はどちらにも与えられなかった。
ハンティングの負傷もあり、IBFは期限内での挑戦者決定戦の実施が
不可能と判断、高山の挑戦資格を認めた。
判定で敗れるが、薬物検査に不備があり無効試合にはならなかったが、挑戦権はどちらにも与えられなかった。
ハンティングの負傷もあり、IBFは期限内での挑戦者決定戦の実施が
不可能と判断、高山の挑戦資格を認めた。
2013年3月30日
メキシコにてIBF世界ミニマム級王座に挑戦。王者・マリオ・ロドリゲス(メキシコ)にダウンを奪われたが、
有利な展開に持ち込み判定勝利。世界王者復帰を果たし、暫定王座を含め日本人選手初の3団体制覇を達成。<JBCに復帰>
2013年12月3日
ベルギリオ・シルバーノ(フィリピン)との防衛戦で、4年5か月ぶりの国内試合で3-0の判定勝利。
IBF王者として初防衛を果たす。
IBF王者として初防衛を果たす。
2014年4月7日
中学卒業後、プロボクサーを目指した高山は、ボクシング以外のことをもっと学びたい、という思いから
名古屋の菊華高校に入学。
引退後の第二の人生の選択肢を広げるためでもある。
引退後の第二の人生の選択肢を広げるためでもある。
2014年5月7日
2度目の防衛戦は小野心(ワタナベ)と対戦。
10Rと12Rでダウンを奪い3-0の判定勝利。防衛に成功。
10Rと12Rでダウンを奪い3-0の判定勝利。防衛に成功。
2014年8月9日(日本時間10日)
メキシコにてWBO王者のフランシスコ・ロドリゲスJr.とIBF・WBO世界ミニマム級王座統一戦を行う。
12Rの激闘の末、0-3の判定で敗れ、王座統一に失敗。
最大の目標だった、「主要4団体完全制覇」を逃した。
12Rの激闘の末、0-3の判定で敗れ、王座統一に失敗。
最大の目標だった、「主要4団体完全制覇」を逃した。
2014年10月8日
8月に試合の敗戦で一時引退も考えていたが、現役続行を明言。
再び、チャンピオンを目指すことを決めた。
再び、チャンピオンを目指すことを決めた。
2014年12月31日
4団体制覇をかけたIBF・WBO世界ミニマム級王座決定戦で大平剛(花形)と対戦。
7R終盤、95発もの連打を打ち込み、そのままレフェリーストップ。
日本人初の世界4団体制覇を達成した。
7R終盤、95発もの連打を打ち込み、そのままレフェリーストップ。
日本人初の世界4団体制覇を達成した。
2015年4月22日
初防衛戦でファーラン・サックリンJr.と対戦。
偶然のバッティングで右まぶたを切った影響で、
9R途中レフェリーストップで負傷判定へ。
3-0の判定勝利で初防衛を果たす。
偶然のバッティングで右まぶたを切った影響で、
9R途中レフェリーストップで負傷判定へ。
3-0の判定勝利で初防衛を果たす。
2015年9月27日
原隆二(大橋)と2度目の防衛戦。
左まぶたを切るも、そこからギアを上げ、8RTKO勝利で防衛に成功。
左まぶたを切るも、そこからギアを上げ、8RTKO勝利で防衛に成功。