終戦後も長い間中国で暮らし、その後、日本に帰国した「中国残留孤児」や「残留婦人」は平均年齢が70歳を越え、高齢化が進んでいます。日本語が十分理解できない帰国者は、病気の時などに困ることも多いということです。
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南田中団地にあるデイサービス「故郷」 |
こうした中国からの帰国者を対象にした介護施設が2008年の2月にオープンしました。東京・練馬区の都営南田中団地の中にあるデイサービス「故郷(ふるさと)」です。東京には約1500人と、帰国者が全国でもっとも多く住んでいますが、南田中団地には少なくとも80世帯の帰国者が住んでいるということです。
「故郷」の施設長の石川葉子さんらが去年、調査したところ、帰国者のほとんどが介護保険の制度を利用していなかったそうです。「言葉の壁があって、知りませんという答えが多かったんです。帰国者も日本人として、介護サービスを同じように利用できた方がよいと思って、応援しようということで、この施設を開きました」と石川さんは話します。
「故郷」のスタッフの仕事は、介護保険について説明し、わかってもらうことから始まります。そういう時にコミュニケーションをスムーズにするためにも、スタッフの多くは石川さんを始め帰国者の2世、3世です。
生活指導員の櫻井孝子さんは9歳の時、残留婦人の祖母が帰国するのと一緒に、家族で日本に来ました。学校を出て、在宅のヘルパーの仕事をしていましたが、誘われて、「故郷」に来たんです。
中国語を「聞く」ことはできても、「話す」のは少し苦手だという櫻井さんは
「忘れていた言葉を新たに教えてもらいながら、また中国語を話しています。利用者の方も娘のようにかわいがってくださるし、自分のおばあちゃんぐらいの方たちなので、とても大事にしてゆきたいと思います」と話します。
崎山敏也記者が取材した日は利用者が4人で、午前中は血圧を測ったりしながらおしゃべりして、外を1時間ほど散歩しました。そして、櫻井さんと一緒に、座ったままで体操をしました。体操も中国語と日本語両方あるんです。
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午後のひととき |
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中国の将棋を楽しむことも |
「故郷」の利用者は2008年5月現在、中国からの帰国者が5人、帰国者ではない方が1人です。帰国者専用というわけではなく、練馬区内の高齢者は利用できます。石川さんたちは「老後を地域で安心して過ごすためにも、地域の人たちとの交流が大事」と考えているからです。地域の住民もボランティアで運営を手伝っています。
お昼は中華の家庭料理が中心だそうですが、取材した日は週一回の和食の日。ご飯と一緒に中国のパンやまんじゅうもあって、好きな方を皆さん選んで食べていました。
その後も中国の踊りを踊ったり、おしゃべりしたりと一日楽しく過ごしました。
篠原累子さんは「家におったら寂しいんで、ここに来ています。ご飯食べて、お風呂入って。とてもいいですよ」とニコニコしながら話します。また、小川ナミコさんは「自分の部屋ではテレビ見ながら、眠たくなっちゃう時もあるけど、ここはやはり大勢で楽しいですよね。昔の話をしたり、今の話をしたり、家族の話をしたりするのは楽しいです」と話しました。
暖かくなってきたので、5月からは先生を呼んで、近くの公園で太極拳が始まりました。頭の体操を兼ねて、日本語の勉強をすることもあるそうです。
体調が悪い時や心配事など、日本語では表現が難しい内容は中国語で相談できるので、皆さん安心しているようです。
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施設長の石川さん |
デイサービス「故郷」では今後さらに利用者を増やし、生活の支援をいっそう広げたいと考えています。こういう施設は現在は、長野県飯田市の宅老所と、「故郷」だけ。必要性は認識されているようで、全国各地から見学に来るそうです。
日本では「肉親探し」は大きなニュースになっても、帰国してどう暮らしているかにはあまり関心が持たれないのが現実でした。帰国者自身が訴訟を起こし、年金や生活費用などの支援を充実させる新たな法律がやっと去年成立したばかりです。
帰国者が安心して老後を過ごせる地域社会をどう作るのか、試みは始まったばかりです。