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「TRY」のメンバーが「メッセージ」を背に踊りました。 |
高次脳機能障害は、突然の事故や脳血管疾患(脳卒中)などで脳が部分的に傷つき、言語や記憶など「知的」な行動に症状が現れる障害です。例えば、言葉でのコミュニケーションが困難になる、新しいことが覚えられない、感情のコントロールが効かない、集中力が続かないなど、症状も様々ですし、障害の程度も人それぞれです。また、身体が回復すると、障害を持っていることが分かりにくいため、周囲から理解されにくいこともあって、職場復帰なども難しいのが現状です。
そういう現状を何とかしようと、各地で家族の会が作られ、医療面や福祉面での支援を訴えています。その一つ、埼玉県三郷市を拠点に活動している「NANO」を阿部千聡記者が取材しました。
代表の谷口眞知子さんの息子の正幸さんは11年前、大学を卒業して就職したばかりの時に、転落事故で高次脳機能障害が残りました。谷口さんは同じ悩みを抱える方達と「NANO」を結成し、悩みや相談をし合ったり、医療や福祉の制度の勉強会などを続けてきました。
また、障害の当事者や家族が、地域の人と一緒に“ダンスの練習”をすることも大きな活動の一つです。始めたのは、谷口さんがダンスインストラクターだったこともありますが、ダンスで体を動かしたり、振り付けを覚えることが脳に良い刺激になると考えているからなんです。そういう理由から、「NANO」はダンス以外にも、香りが脳への刺激になる「アロマテラピー」や手先をよく動かす料理の教室を開くなど地域の人と一緒に幅広い活動をしています。
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全員で踊った「中川舟歌」のダンスアレンジ曲。衣装も踊りも決まってます! |
活動のあり方からもわかるように、「NANO」の活動目標は“地域で共に生きる!”です。「NANO」に関わる地域の人の輪をもっと広げようと、2006年からダンスや踊りの発表会「ナノ祭」を開いています。
阿部記者が取材したのは2007年の12月9日に三郷文化会館で開かれた2回目の「ナノ祭り」。「NANO」のメンバーを中心にしたチーム「TRY」の他、谷口さんが指導する地域のダンスチーム5つが参加し、2時間に渡っておよそ20曲のダンスや踊りを披露しました。どのチームも身体や知的など様々な障害を持つ人とその家族、そして地域住民の混成チームです。
障害を持つ人は、自分に合った形で体を動かします。「TRY」でいつも真ん中にいる車いすの男の子は、上半身だけですが、リズムに合わせてみごとに踊っていました。チームの得意なダンスを披露したり、他のチームと一緒に踊ったり、5チームの100名全員が舞台に登場したり。新しい曲に入って、舞台用メイクと豪華な衣装で登場するたびに、会場のお客さんからは大きな拍手が起こっていました。
中盤では、ピアノ演奏もありました。演奏したのは、自閉症という障害を持つ川島英一郎さんです。小さい頃からピアノの練習をしてきた川島さんは現在、三郷市のクリーニング工場で働きながら練習をしていて、「障害者のピアノコンクール」で賞を取るほどの腕前!この日もショパンの名曲で舞台を盛り上げました。他にも、三郷市に伝わる民謡「中川舟歌」を「よさこい」調にアレンジして全員で踊ったり、谷口さんが情熱的なタンゴを踊ったり、とお客さんを飽きさせない多彩な舞台でした。
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会場の入口の看板には「ナノ祭」のテーマ「Hello Tomorrow」!! |
今回初めて、「NANO」の活動に参加して、「中川舟歌」の指導をした三郷市の宮林加夫さんに阿部記者が話を聞くと、「こういう形で、みんなで地域の民謡を踊れるのはとても嬉しいことです」と笑顔で答えてくれました。“障害者とその家族が地域で孤立するのを防ぎたい”と願って取り組んできた活動が、「ナノ祭」や普段の活動を通じて、少しずつ達成されてきているようです。
谷口さんによりますと、以前に比べれば行政もこの障害に目を向けるようにはなったそうです。しかし、医療現場での理解や福祉サービスはまだまだ充実しているとは言えず、厚生労働省も2007年の10月から高次脳機能障害の実態把握のために調査に乗り出したばかりです。
「まずは高次脳機能障害のことを広く知ってもらいたい。そしてNANOに関わることが楽しい、と思われるようになって欲しい」という谷口さん。今後も地域に根ざした活動を続け、「障害を持っても、高齢者になっても、地域で豊かに暮らせる街作りの一端を担って行きたい」ということでした。