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施設の食堂を借りて、名入れ作業 |
高齢者の施設、特に認知症の高齢者の多い施設などでは「入れ歯の取り違え」が起きることがあります。それを防ぐため、歯科医師や歯科技工士の様々なグループが各地で「入れ歯に名前を入れるボランティア」に取り組んでいます。
平井麻枝子・情報キャスターが取材したのは、18人の高齢者が住む神奈川県小田原市のグループホーム「ぽぽ箱根板橋」です。神奈川県歯科技工士会の「義歯刻印委員会」のメンバーを中心に11月下旬の朝早く、施設を訪れました。
「ぽぽ箱根板橋」を運営する有限会社「フェルシ」代表の遠藤礼子さんの話では「置いてある入れ歯が誰のものか、ご本人が分からない方も中にはいらっしゃいます。ある時、ぽっと置いてある入れ歯を、職員がちょっと勘違いして他の方のものだと思って、他の方の所に届けて、大騒ぎになったこともあります」と話します。そこで、入れ歯に名前を入れてもらえないか、と依頼したそうです。
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名前を入れたら入れ歯をきれいに |
入れ歯は食事時には欠かせないものです。そのため、歯科技工士会では朝ご飯の後、昼ご飯前の11時頃までには終えるよういつも手早く作業しているそうです。
この日集まったのは、白衣に手袋、マスク姿の歯科技工士さん20人。10人分の入れ歯に手早く名前を入れるために、役割を分担しました。まず「入れ歯をきれいに洗浄する人」。それから「名前を入れる位置を決める人」がいます。だいたい入れ歯の歯茎に当たる樹脂の部分ですが、そこに印をつけます。続いて、「穴掘り班」が印のあるところを薄く削り、そこに「埋め込み班」が、持ち主の名前が入ったプレートを埋め込むんです。あとはきれいに磨いて、最終チェックして出来上がりです。
一つの入れ歯にかかった時間は30分。手際よく作業は進み、今回は全部で1時間半で完了しました。
名前が入った入れ歯は「ぽぽ箱根板橋」のかかりつけの歯科医、山本伊佐夫先生が一人一人に返しに行きました。はめてもらって、着け心地などをチェックします。一人の女性は「こんなにきれいにしてもらったうえに、入れ歯にまで名前が入るなんて」とびっくりしながらも、とても嬉しそうでした。着け心地も問題なく、この女性は早速、お昼前のレクリエーションの輪に入って歌を楽しそうに歌っていました。
8年前に始まったこのボランティアですが、これまでは横浜など神奈川県の東部で主に行われてきました、神奈川県の西部では初めてだということで、小田原など地元の歯科技工士さんも初めて参加しました。
小田原に近い平塚から参加したという歯科技工士さんは「こういう活動があるのは知っていたんだけど、なかなか参加するまではいかなかったんです。だけど、自分の娘が介護職員だということもあって、だんだん興味が出てきたのと、少しくらいは社会の役に立たないといけないなってことで参加しましたが、よかったと思います」と話していました。
休みの日を利用して、年に2回ほど希望があった施設に出向いていますが、はじめの頃は参加希望者は20人ほど。でも今は呼びかければ、毎回80人は集まるようになったということです。
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ボランティアを発案した土田康夫さん |
元々、「入れ歯に名前を入れる」=「刻印する」のは、「作った人の責任を明確にして、品質の保証にもする」という意味があったということですが、神奈川県で「取り違えを防ごう」と最初に呼びかけた歯科技工士の土田康夫さんは「刻印するという意味は同じですが、役立ち方が違うと気がついたんです。それで是非やってみようということになりました」と話します。「参加した人が短時間で共鳴してくれて、段々人が増えてきたので、この輪がどんどん広がっていけば、本来の品質保証という目的も達成できるんじゃないか」とも土田さんは話していました。
入れ歯に名前を入れるのはこのように品質保証でもあり、そして、「災害時の身元確認にも役立つ」ということも阪神淡路大震災以来、注目されています。
このボランティア、現在は神奈川県だけでなく30以上の都道府県で行われていて、「歯科技工士」とは、どういう仕事なのか、広く知ってもらうことにもつながっているようです。
神奈川県内の問い合わせ先は
社団法人神奈川県歯科技工士会・義歯刻印委員会
045−713−7164(平日)まで。
他の都府県は、各地の歯科技工士会などに問い合わせてみてください。