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埼玉医大で大西秀樹教授にインタビュー |
誰しもが一度は家族の死を体験します。家族を失った悲しみから立ち直るのは時間もかかりますし、なかなか難しいことです。そういう「遺族」の精神面のケアを行う病院の外来、「遺族外来」が去年の4月、「埼玉医科大学病院」に開設されました。担当しているのはガン患者の精神面のケアを担当する「精神腫瘍科」の大西秀樹教授です。
「遺族外来」では遺族に話したいことを話してもらいます。大西先生は「励まさないこと」が大事だと言います。「あなたが頑張らなきゃだめよ、とか、あなたがしっかりしなきゃ」とか、あるいは時間が多少経つと「そろそろ忘れて新しい人生を。とか言われますが、本人はそういうことを言われたくないんです」と大西先生は話します。だから、「遺族外来」では、ひたすら本人の話をまず聞きます。「傾聴」するんです。
「遺族」は家族を失ったショック以外にも様々な形で精神的に落ち込みます。一番そっとしておいてほしい時に葬儀の席順で文句を言われたり、遺産をめぐる問題で怒鳴られたりするケースもあるようで、そういう時、大西先生は、「あなたが悪いわけではない」ということを分かってもらうようにするんだそうです。
こういうトラブルを抱えた遺族に、大西先生は弁護士など法律の専門家への相談を勧めることもあります。「不安材料」を取り除いて、先に進んでもらうことも、治療の1つだという考え方なんですが、最終的にはその方が、「心の問題」の早い解決になるそうです。
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当時書いていたノートを見せてもらいながら、舩田松代さんの話を聞く波岡キャスター |
「遺族外来」を取材した波岡陽子・情報キャスターは、大西先生が以前勤めていた病院から続けて6年間「遺族外来」に通っているという横浜市の舩田松代さんに話を聞きました。舩田さんのご主人は白血病で亡くなりましたが、亡くなる2ヶ月ぐらい前から、大西先生がご主人の精神面のケアを担当していました。
亡くなってしばらくして「遺族外来」に通うようになった舩田さんですが、「看病していた時、ああすればよかった」とか、「もっとこんなことを自分はしてあげたかった」というようなことで悩んだそうです。それに対し、大西先生が「お医者さんだってそんなことできませんでしたよ」とか、「舩田さんの場合は家族のみんながお父さんに対してよくみてたから、幸せだったんじゃないかな」と言ってくれて、「あぁ、これで良かったのか」と納得したそうです。このように、亡くなった人や家族の生前の状況を知っているからこそ、「遺族外来」はよりよいケアができるんです。
また、舩田さんは数年経って、鬱病になり、「死にたい」と思う時期があったそうです。その時は「余計な心配かけるんじゃないか」と家族には言えませんでした。しかし、月一回の「遺族外来」の診療の時、「眠れない」「着る洋服が決められない」といった話から、大西先生はすぐに「舩田さんが鬱病だ」と分かり、早めに適切な治療ができたそうです。舩田さんは今は仕事も再開しています。
大切な家族を失った気持ちはなかなか癒されません。大西先生は「自分で自分の気持ちがコントロールできるようになれば遺族外来は卒業なのではないか」と説明しますが、舩田さんは「実は、卒業したくないんですよ」と話します。「日常生活も困らないし、仕事も少しはできるし、っていう状態では必要ないかもしれないけれども、心の誰にも言えないことを聞いて下さる場所は必要だから」だそうです。確かに気の置けない友達が相手でも、「何年も前に亡くなった人の話をするのは悪いな」って思ってしまったり、家族に対しても、「あらためて、つらい思いをさせたくない」と思いやるあまり、話せないこともあります。「遺族外来」だからこそ話せることもあるようです。
ガン患者の精神的なケアを行った後、その遺族の心のケアを行う、埼玉医大の「遺族外来」のような取り組みはまだ多くありません。埼玉医大の大西先生は「患者さんが亡くなったからそれで終わりっていうのが今までの病院です。しかし、遺族の悲しみはそこから始まるんです」と「遺族外来」の必要性を強調していました。
埼玉医大の「遺族外来」では2007年の4月からスタッフも増え、より多くの人の話を聞けるようになりましたが、もっと各地に広がるためには専門家を育てることも重要だということでした。