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都立中央図書館の自然科学コーナーの一角にある闘病記文庫 |
病気と闘い、乗り越えた経験をつづった「闘病記」。昔は文学者による随筆的な要素が強いものも多かったかもしれませんが、今は一般の人が書いた「闘病記」も多く、ベストセラーになる闘病記もあります。最近は自費出版が盛んになったことも、多くなった理由の一つです。
その「闘病記」のコーナー、「闘病記文庫」を設置しようという活動を行っているグループがあります。「健康情報棚プロジェクト」というグループで、代表の石井保志さんは、「医学情報と同時に患者さんにはどうやって病と向き合っていくか、といった『生き方情報』も必要です。『闘病記』は、まさに先輩の患者さんの『生き方情報』なので、多くの人に見てもらえるようにしたかったんです」と、闘病記に注目した理由を話します。
都内の医大病院の図書館で司書をしている石井さんですが、最近その図書館も一般開放されるようになって、病院外の患者さんの利用機会も増え、例えば、「自分のかかった『がん』の情報が欲しい」といった問い合わせも多くなりました。しかしそういう場合、図書館にある最先端の医学論文、つまり「医学情報」を渡しても、難しすぎるのか、結局、複雑な表情で、納得しきれずに帰って行く人が多いそうです。そのため、石井さんは「患者さんの求めにうまく応えられていないのでは」ともどかしさを感じていたそうです。
そこで、「医学情報」だけではなく「生き方情報」も提供できる場として「闘病記文庫」を作ろうと思い立ちました。そして、誰もが気軽に行ける「図書館」に設置することにしたんです。
でも、図書館の蔵書にはもともと「闘病記」がたくさんあるのではと思われるかもしれません。確かにそうなんですが、「闘病記」のタイトルは、例えば「お母さんありがとう」とか「明日に向かって生きる」といった風に抽象的で、何の病気の闘病記か分からなかったり、一見、闘病記とは思えない本が多いんです。そのため、図書館では、文学やエッセイ、医学など様々な棚に分類されて散らばっていて、探しにくいのが現状です。
また、闘病記といっても、内容は玉石混淆ですし、良い本でも絶版になっているものもあります。そこで、「健康情報棚プロジェクト」はまず、メンバーがきちんと読んで選んだ、お勧めの闘病記の「リスト」を作りました。そして、この「リスト」を元に古本屋などで本を買い集め、図書館に「闘病記文庫」として寄贈することにしたんです。
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病気ごとにわかりやすく区分けされている闘病記 |
「闘病記文庫」の第一号は東京・広尾の「都立中央図書館」にあります。4階の自然科学のコーナーの一角で、
200以上の病名ごとに整理されて、本棚二つ分、およそ1000冊が置いてあります。日本人に多い、がんや脳卒中の本が多く、全体の半分ぐらいを占めていますが、その一方、何万人に1人という病気の本も数は少ないですが、ちゃんと置いてあります。病名が“ぱっと”目に入るようになっていて、本が見つけやすくなっていました。
「利用者にとっては、非常に使いやすく参考になるのでは」と取材した生駒佑人記者は感じたそうです。
コーナーの横に置かれていたノートには「読んで、元気が出た」という利用者の書き込みが多くありましたし、「闘病記文庫」担当の司書、中山康子さんも「同じ病気の人の気持ちが分かって、良かったという利用者の声が多いです」と話していました。
これまでも、「闘病記のような本がが欲しい」と言う声はあったそうですが、具体的に「どんな病気の何が欲しい」という要望はあまりなかったそうです。それが最近は「自分の病気の本は無いか」といった患者目線での要望が増えたということでした。
「プロジェクト」では、都立中央図書館をはじめ、合わせて6カ所に文庫を寄贈してきました。また、鳥取県立図書館は今年の7月、元々所蔵していた本を中心に「闘病記文庫」をつくりました。散らばっていた闘病記を一箇所に集め、病名ごとにまとめることで、有効活用されていなかった、闘病記を活用できるようにしたわけです。
石井さんは、プロジェクトの資金にも限りがあるので、今後は、鳥取の図書館のような形で闘病記文庫が広まっていくことに期待していました。うまくいけば、あちこちの図書館で闘病記文庫が次々と生まれていくようになるかもしれません。
ところで、石井さんは「闘病記は病気の人にだけ必要なのではなく、誰にでも必要だ」とも話します。
健康な人でもいつ病気になるか分からないし、病気の家族を看護や介護して支える時にも、闘病記はとても役に立ちます。また、医者や看護師が患者の気持ちを理解するための手だてにもなるので、医学教育の現場でも役立てたいということです。
医療に関わる人全てに役立つ「闘病記」は医療現場を変えていく、一つの力になりそうです。