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「中国語の医療のネットワーク作り」を進める石川宏医師 |
今年は戦後60年。中国から日本に永住帰国した「残留孤児」、「残留婦人」、そしてその2世は日本語が十分理解できない人も多いのですが、そのため、病気の治療を充分に受けられないというのが現状です。そこで「中国語の医療ネットワーク」を作って、帰国者と医師の間の橋渡しをしようという活動が始まっています。
中心となっているのは、練馬区の「すずしろ診療所」などで帰国者の診療にあたってきた医師の石川宏さん。
石川さんは、戦前に看護師として中国に渡った日本人の母親と、中国人の父親の間に戦後、北京で生まれました。北京で医師として働いていたのですが、18年前、「最後は日本で暮らしたい」という母親と一緒に来日、中国の医師免許は日本では通用しないので、日本語が全くできなかった石川さんは、10年かけて日本の医師の試験に合格しました。そして、2年ほど前から帰国者の診療にあたってきました。
帰国者の医療の状況について、石川さんは「日本語で自分の病気の状態をはっきり話せないし、先生からの説明を受けられない。今の治療方法に対する不安は大きい」と話します。医師への不信感が募ってしまってトラブルになったり、病院へ行きたくないために、手遅れになってしまったり、「お金がかかるけど、しょうがない」と、中国に一時戻って治療するケースもあるということです。
しかも、帰国者は一般の日本人に比べて、同世代でも病気にかかる割合が高いといわれます。「原因は二つ。異文化の環境で精神面のプレッシャーが高い。言葉の問題や社会的な習慣の違い。そしてもう一つは、中国の東北地方と日本の気候の違い。 急に環境が変わったら病気になることも多いんです」と石川さんは説明します。
中国語のできる石川さんに診てもらおうと、帰国者はずいぶん遠くからも、診療所を訪ねてきます。ただ、「慢性的な症状で月1、2回来る」という感じならいいんですが、病状が急変しても、遠いと急には来れませんし、逆に軽い症状でわざわざ遠くまで交通費をかけて、というわけにもいかないですよね。そこで、中国語で診療できる医師や医療機関を「自宅の近く」で簡単に探すことができるように「中国語のできる医師のネットワーク」を作ろうと考え、2005年の5月から活動を始めたんです。
石川さんと、事務局長の内田洋一さんが中心になって、「つて」をたどり、帰国者の医師や、中国語の話せる日本人医師、中国人の医師を探して、参加をよびかけています。少しずつネットワークに加わる医師は増えていまして、2006年からは、30人前後の「中国語のできる医師」の情報を登録して、インターネットで情報を見られるようにする見通しです。
奥さんが石川さんに診てもらったのをきっかけに、事務局を担当した内田さんは「正直言って、これまでは残留孤児の問題に関心はなかった」と話します。確かに、「肉親探し」はニュースになっても、帰国後どうやって暮らしているのか、あまり知られていません。
永住帰国した孤児の65%が生活保護を受け、働いている人は30%にすぎないのが現状です。「中国語の医療ネットワーク」を作ることで、帰国者の心と体を支えたいというのが石川さんや内田さんの願いです。
中国からの帰国者の問題は、「帰国した」時点で解決したわけではない、ということをあらためて考えさせられます。