『わたしを離さないで』ハヤカワepi文庫
  • 著者:カズオ・イシグロ
  • 翻訳:土屋 政雄
  • 価格:864円(税込)


原作者紹介: カズオ・イシグロ

長崎県出身の日系イギリス人作家。幼い頃にイギリスに渡り、1983年に英国籍を取得した。79年頃から小説執筆を始め、82年に長編「A Pale View of Hills(遠い山なみの光)」で英国文壇にデビュー、同年の新鋭イギリス作家ベスト20に選ばれた。86年2作目「An Artist of The Floating World(浮世の画家)」で英国の文学賞、ウィットブレッド賞を受賞。89年「The Remains of The Day(日の名残り)」は英文学界で最高の名誉とされるブッカー賞を受賞し、国際的に高い評価を得る。またこの作品で英国の作家ベスト20に入った。
他の著書に「充たされざる者」(1995年)、「わたしたちが孤児だったころ」(2000年)など。2015年に最新作「The Buried Giant(忘れられた巨人)」を発表。(以上すべて早川書房刊)

【イシグロ先生からのコメント】
―「わたしを離さないで」が日本で連続ドラマになることに対しての感想をお聞かせください。
この物語が私の生まれた国で、新しくより広い範囲の視聴者に楽しんでいただけるということで深い満足感を覚えます。原作の背景は現代イギリスの悲観的な別世界を想定していますが、この物語を書いているときに私の作品の中でも最も「日本的」な話だとよく感じていました。この物語で描かれている暗い社会が他の国より日本に近いと言っているわけではありませんが!中心人物たちの願望や葛藤、悲しい運命に対する彼らの態度や人間のありように対する全体的なビジョンは、私がイギリスで育ったときに吸収した日本の映画や書籍の影響を多く受けていると思います。従って、この物語が妙にゆがんだ日本的な背景を持って演じられることとなったことに私がどれだけ夢中になり興奮しているかがお分かりいただけるかと思います。
「Never Let Me Go」は立派な映画となって公開されましたし、(偉大なる蜷川幸雄さん演出の)素晴らしい舞台作品にもなりました。しかし、10話からなるテレビドラマはまったく別のものであり、ドラマという形式がどのような新しい要素を原作から引き出してくれるのか大変興味があります。最初の5話の脚本を読みましたが、このTBSのドラマは物語の中でこれまで光の当たっていなかった部分、奇妙で興味をそそるような角やくぼみ、時々はこれまで気づいていたけれども開けたことのなかったドアを開けて新しい部屋をまるまる見つけるような、原作の新しい部分を発見して、光を当ててくれると自信を持って言えます。
―森下佳子さんが書いたドラマの脚本を読んでの感想をお聞かせください。
2011年に公開された映画は2時間以内に原作のストーリーを押し込まなければなりませんでした(そしてこれは結果的に大成功だったと私は思っていますが)、10話のテレビシリーズの場合は物語中の話の筋や裏の意味を引き出し、より長い形にはまるように全く新たな構造を作り出さなければなりません。私の力を大きく超えるような大変な仕事ですが、森下佳子さんはTVという形式における素晴らしく有能な脚本家であり、このメディアがどのように働きを持つのかということを大変よく把握してらっしゃいます。彼女はまた、この物語に深い親近感を持っていただいていると感じますし、それによって彼女自身の別バージョンの物語を強い権限を持って書くことができていると思います。彼女の脚本を読むことは楽しみであったと同時に勉強になりました。原作では提起されたけれども完全には答えがでなかった問題もあり、森下さんはこれらの問題を深く探ってドラマ化しています、特にストイックに受容することに対して抵抗することの問題点を掘り下げています。
―イシグロさんが原作「Never Let Me Go」を通して表現したかったことはどんな事ですか?
私は、この物語は普遍的な人間のありようの残酷さに対抗する本質的なラブストーリーだと思っています。我々は、人間として、皆それぞれが死ぬ運命にあり、老いて弱って死んでいくのは人間の定めの一つなのだという事実に向き合わなければなりません。このことに気づいたときに、またこの世界でお互いに共有できる時間がとても短いものであると分かったときに、我々にとって一番大事なものは何でしょうか?この物語が、物質的な財産や出世の道よりも愛や友情そしてこれらを我々が経験したという大切な記憶が本当は価値があるものであると思わせてくれることを願います。別の次元では、この物語が、歴史的に我々がさまざまな形で作り出し続けている残忍で不平等で不当な世界に対する隠喩を提示しているというふうに見ることもできるかもしれません。
―綾瀬はるかさん から受けた印象をお聞かせください。イシグロさんが思うキャシー(恭子)像と照らし合わせていかがでしたか?
キャシー(またはこのドラマにおいては恭子)を演じるのは、非常に優秀な役者である必要があると私は思っています。なぜならキャシーは、ほとんどいつの場合も、とても受身で内向的であり、感情を押し込めて、いつも自分自身を率直に表現することを躊躇います。キャシーを演じる役者は表面の下に潜んでいる多くの感情を小さなヒント(ジェスチャー、微妙な表情やボディランゲージで)伝えなければなりません。最も重要なのは、物語の大部分の間、時には自分自身に対してさえもキャシーは隠しているけれども、彼女がトミー(友彦)を深く愛している気持ちを役者は言葉や行動に出さずに表現しなければなりません。日本は、もしかしたら他のどの国よりも、長年に渡って力強くも内に秘めた感情を演じることに優れた非常に多くの映画女優を輩出してきました。例えば、日本の映画史で私が最も詳しい1950年代で言えば、高峰秀子さん、原節子さんや京マチ子さんなどの類まれな才能を持った女優たちがいました。今年の初めに東京で綾瀬はるかさんにお会いしたときに、彼女はこの偉大な伝統を受け継ぐことができる女優だと強く感じました。正直に言うと、私はまだあまりよく彼女の作品については知りません、日本で彼女がこれほどまでに称賛され、愛される理由となった彼女の演技を体験するためにまさに今、出演作品が収録されたDVDが届くのを待っているところです。特に、今日の国際的な映画界において私の大好きな映画の製作者の一人である是枝裕和監督の最新作の「海街diary」が見られることを楽しみにしています。
―出演者、スタッフにメッセージをお願いします。
キャスト、制作スタッフ、その他このプロジェクトに関係するすべてのみなさまに対し、このドラマの実現のためにみなさまのエネルギー、知恵、労力とその大きな才能を注いでくださることに、感謝を申し上げます。もちろん物理的には毎日ドラマ制作に立ち会うことはできませんが、より深いレベルで、そして一番重要な意味で、あなた方と私は共同制作者であり仲間です。あなた方と一緒に仕事ができたこと、新しく面白いものを創り上げるという取り組みにおいて一緒に努力できたことは本当に光栄です。
―日本の視聴者に対してのメッセージをお願いいたします。
この物語にあなたの心が動かされ、感動してくれることを願います。
結局は、物語を作り、世に出すことで私は一番人を感動させたいのです。私はお互いに自分たちの気持を伝え合うことの手伝いをしたいのです。私はこう言いたいのです、私は生きるとはこういうものだと思います、あなたは同じように感じていますか?こういう気持ちをあなたも分かってくれますか?

カズオ・イシグロ 2015年11月



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