御厨 |
「自民党にとって、今回の解散は、ある意味、悲劇的じゃないですか?」 |
野中 |
「結果的には、追い込まれてグチャグチャになって解散したと、残念な気持ちがしました。第一、東京都議選の敗北が決まった時、最初に『地方の選挙と国政とは違う』という麻生首相の会見があった。もう情けなかったです」 |
御厨 |
「そうですか」 |
野中 |
「東京は、日本の首都であり、この秋には、8年先のオリンピックの開催が決まるんです。多くの国家的プロジェクトを持っている都議選の敗北を、一地方選挙と位置づけたところに、自民党の限界があったと、悲しい思いで、本当に涙がこぼれました」 |
御厨 |
「半藤さん、自民党議員の中にも『今、解散やったら、集団自殺だ』という声もあったようですが」 |
半藤 |
「なぜ、都議選で自民党が敗北した時、麻生さんの所へ、乗り込んでいって『これは由々しきことで、もう少し責任を考えろ』と言う人がいなかったんでしょうかね?」 |
御厨 |
「そうですね。都議選惨敗の夜に誰も公邸に行かなかった。解散を阻止するならこの日だと思うんですが」 |
野中 |
「いや〜、人がいなかったんだと思いますね。私の時には、竹下元首相が、私に電話してきて『参院選の出口調査を知ってるだろう。芳しくないから、橋本首相にそろそろ腹を固めておくように、君から言いに行け』と言われまして、私は公邸に参りました」 |
御厨 |
「はい」 |
野中 |
「そして『橋本さん、聞いておられますか?』と申し上げたら、『分かってる。開票の途中で、俺も出かけていって、そして腹を決めておることをキチンとやる』と、橋本首相はおっしゃいました」 |
御厨 |
「そうでしたか」 |
野中 |
「やっぱり、誰か、首相経験者、現役を去った人でも、そうでない人でも誰かが、行くべきです。そういう人はね、裏でゴソゴソやってるんですから、そういう人の中からやるべきだと思いますね」 |
御厨 |
「なるほど」 |
野中 |
「あの時に麻生さんに『自らの責任をハッキリと侍らしくやれ』と諫言をする人がいなかったのは今、日本政治の不幸だと思います」 |
御厨 |
「半藤さんは、どうですか?」 |
半藤 |
「多分、麻生首相は、孤独なんでしょうね。ご自身はすごく人気があると思っているんでしょうけど、本当は人気なんか無いんですよね、あの方は、最初から」 |
御厨 |
「う〜ん」 |
半藤 |
「総裁選で、自民党員から70%の票を受けたから、物凄く人気があるように勘違いしてますけども、実はそんなに人気がないから、それまでの総裁選では、落ちてきた訳で」 |
御厨 |
「なるほど」 |
半藤 |
「人気が無いのに、自分では、人望があると思ってる。だから今回も、周り人は、全く知ったこっちゃないんでしょう」 |
御厨 |
「それと『解散の予告』。『解散』ではないんですね。この時も、誰も反対の声をあげずに、しかも新聞の号外が出て、既成事実になって。もし野中さんがおられたら?」 |
野中 |
「私なら、当然、その日のうちに反対します。党内で手順を踏んだ協議をやって、そして『解散』をどうするかを決めるべき立場である人達が、誰も動かずに首相自ら『解散を予告』し、それから推測して投票日が8月30日になってしまう。今まで私にも、経験ありません」 |
御厨 |
「そうですよね。その後に皆で『両院議員総会だ』と言って書名を集めても、遅い感じがしますが」 |
半藤 |
「これまた変な話ですね。自民党の皆さんは、内閣不信任案は否決したんですよね。でも、その次の日に署名を集めてる。これは不思議ですよ。野中さんにお聞きしたいんですが、自民党はこんなに情けないんですか?」 |
野中 |
「いや〜、こんな情けない自民党にしちゃったんですなぁ。やっぱりね、先人達が半世紀、紆余曲折あっても、政権を担ってきたんです」 |
御厨 |
「そうですね」 |
野中 |
「それは政権の重み。つまり国民を幸せにして、安心させるようなそういう責任政党である自覚があった。しかし、ここ1年ほどは、そんなものは無くなって、自分をどうするか、目先の利益をどうするかという状態になってきたように思います」 |
御厨 |
「この2週間の動きと『解散』は、何となく無茶な戦争に突入した時代を思い出しますが、半藤さんどうでしょう?」 |
半藤 |
「確かに、先の戦争でも、どうにもならないギリギリに追い込まれて、他に道が無いんだということで突入した。でも実は、他を選択すべきチャンスはあったんですよ。それを全部見逃したような形で、最後のギリギリになっちゃった」 |
御厨 |
「野中さん、やっぱりチャンスは、去年の10月の冒頭解散だったのでは?この辺はどうお考えですか?」 |
野中 |
「私は、一番近いところで、鳩山前総務相を辞めさせた瞬間。これはね、一番直近の解散の時期だったと思いますね」 |
御厨 |
「そうですか」 |
野中 |
「あと、やっぱり都議選で、敗北した我々の責任は重大で、その意味においても麻生さんが綺麗に辞めて、そして次の総裁を決めて、選挙をやる。それもやられなかった」 |
御厨 |
「半藤さん、ズルズルと決断できないで、傷がドンドン大きくなって。この10ヶ月は終戦を迎えるまでの日本を思い出させるのでは?」 |
半藤 |
「そうですね。日本は終戦を、なかなか決断できなかった。あの時は、アメリカの連合国がありますから、なかなか自分達で勝手にとはいかなかったでしょうけど、もう少し早く決断できたと思うところはあります。ドイツが負けた時に『分かった』という形になっても良かった」 |
御厨 |
「なるほど」 |
半藤 |
「それもやらないで、ズルズル、ズルズル。こういう時、上に立つ人は、なかなか決断できないのでしょうけども、麻生さんは、特に自分で『国民に凄い支持があるんだ。大丈夫だ』という勘違いが加わって、どうしようもなかったんでしょうね」 |
御厨 |
「参院選で惨敗して、都議選で惨敗して、こういう感じは昭和史で見た場合と、幕末で見た場合とではいかがですか?」 |
半藤 |
「幕末の方が合うようが気がします。徳川幕府のガタがきて、どうにもならなくなった時に、将軍様だけが『俺がやっていれば大丈夫だ。まだ勝つんだ。だから心配ない』という風に思ってらして、最後は『解散総・選挙』で」 |
御厨 |
「なるほど」 |
半藤 |
「これは反対勢力が物凄く強いのを分かっていながらやった『鳥羽・伏見の戦い』だと思うんです。『鳥羽・伏見の戦い』は、徳川慶喜が周りの意見を聞かないでやったわけで、あの時は『錦の御旗』が、あったんすが、今は『錦の御旗』がありません」 |
御厨 |
「そうですね」 |
半藤 |
「でも今『錦の御旗』があるとすれば、それは、私たちの『世論』だと思いますね」 |