TBSのライブラリーに、ある一人の人物を追った300本以上の取材テープが保管されている。難病、ALSの患者、中林基さんを20年に渡って取材したものである。 ALSは運動神経系の細胞が変性、死滅し、全身の筋肉が萎縮してゆく病気だ。体は徐々に動かなくなってゆくが、意識は清明で五感の感覚もそのままだという。つまり、人を徐々に動かぬ肉体に閉じ込めてゆくような病だ。「難病中の難病」、「5年以内に8割が亡くなる病」といわれ、尊厳死、安楽死の議論の対象になることすらある。 カネボウでデザイナーをしていた中林さんは、1980年に発病した。その後、進行する病に闘いを挑むように絵を描き続ける。車椅子に体を固定し、天井から手を吊り下げて描く姿は「祈りのようだ」といわれた。 その絵をもとにALSの研究基金をつくり、絵が描けなくなった現在でも色紙に自作の俳句を書く「俳字」を制作するようになった。その作品は今年、日本タイポグラフィ協会のベストワーク賞を受賞している。 病に侵された体でありながら、次々に仕事を成し遂げて行く中林さんの記録を見て行くと、その強靭な意志に圧倒される。 「肉体は魂の牢獄である」とプラトンは言った。だが、ALSという病の牢獄は、人の自由は奪えても、その意志を潰えさせることはできない。中林さんは、そのことを身をもって証明している。
取材・報告:瀬古 章
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