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第451回2005年06月12日
フィレンツェ歴史地区(II)(イタリア)
遺産名:
フィレンツェ歴史地区(II)
Historic Centre of Florence
所在地:イタリア(Italy)
分 類:C(i)C(ii)C(iii)C(iv)C(vi)
登録年:1982
放送日:2005年06月12日
放送回:第451回
フィレンツェ歴史地区(II)
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700年間に渡り、フィレンツェの政治の舞台となってきたヴェッキオ宮殿の中に、秘密の小部屋がある。宮廷芸術家を総動員して作らせた、美しい装飾の部屋。この部屋の主は科学や錬金術に熱中していたため、当時の様々な工房の様子を絵に描かせた。ルネサンス芸術を支えたのは、工房で、絵画や工芸品、彫刻まで制作していた職人達であった。
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15世紀のはじめ、工房からでた二人の彫刻家があるコンクールで熾烈な戦いを演じた。洗礼堂の北扉の制作者を決めるコンクールだった。調和のとれた絵画のように仕上げたライバルに対し、ブルネレスキは、緊張感に満ちた人間のドラマを盛り込もうとした。それはまさに、人間を主役とするルネサンスの精神であった。2人は同列で優勝、共同制作することになった。しかしブルネレスキは辞退し、建築家になるためローマへ。
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そして、洗礼堂のコンクールから20年後・・・フィレンツェでは、都市のシンボルとなるような 巨大ドームの建設計画が持ち上がっていた。サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂。当時世界最大のドーム建設だった。フィレンツェの人々の夢は、洗礼堂のコンクールを辞退した男に託された。それは、ローマで古代建築を学んだブルネレスキ。
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ブルネレスキが、フィレンツェに戻ったとき大聖堂はドームの部分だけが、ポッカリと空いていた。大聖堂の工事が始まったのは1296年。しかし100年以上を経過してもなお、巨大なドームの工事は着手されずにいた。高さ100mを越える大ドームを作る技術が当時なかったからである。最大の難問は、ドームの重量。ブルネレスキはその難問を見事に解決していく。
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