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第350回2003年05月11日
サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院とレオナルド・ダ・ヴィンチ作「最後の晩餐」(イタリア)
遺産名:
サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院とレオナルド・ダ・ヴィンチ作「最後の晩餐」
The Church and Dominican Convent of Santa Maria delle Grazie with "The Last Supper" by Leonardo da Vinci
所在地:イタリア(Italy)
分 類:C(i)N(ii)
登録年:1980
放送日:2003年05月11日
放送回:第350回
サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院とレオナルド・ダ・ヴィンチ作「最後の晩餐」
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15世紀の半ば、ミラノに華やかなりし時間が訪れた。絹織物と武器製造によって、ミラノの懐は潤った。時の領主、ルドヴィコ・スフォルツァは、自らの永眠の地と決め、サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院の改築を決意する。ルドヴィコは、ルネッサンス建築の先駆者、ブラマンテに改築を依頼。後にバチカン市国サン・ピエトロ大聖堂も設計することになる彼は、約束通り華麗なる修道院と聖堂を完成させた。
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1498年、レオナルドは2年の歳月を費やし、たった一人でこの作品を完成させる。そもそも最後の晩餐とは、新約聖書に記述されている一場面を描写したもの。イエスが磔にされる前夜の、弟子たちとの最後の晩餐。茫然自失、驚愕、過ち、恐怖、悲しみ・・・人間の内面に潜むあらゆる感情が、レオナルドの筆致によって描き出されている。
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最後の晩餐が描かれたこの空間は、かつて、聖職者たちが集う食堂でした。当時の様子を想像させる光景が、現代にもある。フィレンツエ近郊のモンテセナーリオ修道院。この修道院の食堂の壁にも、最後の晩餐が描かれている。最後の晩餐の前で感謝の祈りを捧げ、食事をすることで、イエスと時間を共有してきた修道士たち。修道院の食堂に「最後の晩餐」を描くことが15世紀、中部イタリアで流行していたのだ。
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縦4m、横9mの巨大な壁画。当時、壁画と言えばフレスコ画が主流であったが、重ね塗りができないため、レオナルドはこれを拒否。通常は板絵に用いられるテンペラという技法で、最後の晩餐を描いた。最後の晩餐を20年かけて修復した修復家のブランヴィッラさんがレオナルドの技法について語る。
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