世界遺産
-- 特集 -- これまでの放送 -- よくある質問 --
ARCHIVE
SITE SEARCH
SITE INFO
第129回1998年11月15日
ポンペイ、エルコラーノおよびトッレ・アヌンツィアータの遺跡(イタリア)
遺産名:
ポンペイ、エルコラーノおよびトッレ・アヌンツィアータの遺跡
The Archaeological Areas of Pompei, Herculanum and Torre Annunziate
所在地:イタリア(Italy)
分 類:C(iii)C(iv)C(v)
登録年:1997
放送日:1998年11月15日
放送回:第129回
ポンペイ、エルコラーノおよびトッレ・アヌンツィアータの遺跡
previous on air
  next on air
onair access slide


紀元79年8月24日午後1時すぎ、ヴェスヴィオ山の大噴火によってポンペイの町には大量の火山灰や火山礫が降り注いだ。噴火は30時間以上に及び、ローマ時代の古代都市ポンペイは死の町と化した。火山灰の粉塵に埋もれ、18世紀に初頭に発掘が始まるまでそのまま眠り続けた。
photo

熱風と火山灰、有毒ガスに襲われて絶命した人々。その死体のまわりには火山灰が積もり、やがて水分を含んでギブスのように固まった。そして肉体が朽ち果てると、きれいな空洞になった。その空洞に石青を流し込み、もとの肉体の形が再現されたのである。
photo

ポンペイは、噴火によって死の町と化すまでローマ帝国の地方商業都市として繁栄していた。公共広場であるフォロは、ポンペイの宗教や政治、経済活動の中心となり、市役所や神殿などの公共建築物が立ち並び、歩行者だけが入場を許されていた。
photo

ポンペイ最大の建築物、円形闘技場。現在知られてる円形闘技場のなかで最古、その後に造られた闘技場のモデルになったという。収容人員は約2万人。この数字がポンペイの人口を想像する目安にもなっている。階層別に分けられた席は、中間から下は地位の高い人、上は平民の席とされていた。
photo

Copyright(C) 1995-2019, Tokyo Broadcasting System Television, Inc. All Rights Reserved.