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第2章

古代エジプトのミイラ

ミイラ文化といえば、古代エジプトが有名である。ただ、ミイラづくりの手法は最初から確立されていたわけではなく、長い年月をかけて進化してきた。
古代エジプトが統一される以前の先王朝時代には、砂漠に遺体を屈曲させた状態で、布で包んで埋葬する風習があった。砂漠に埋葬された死体は急速に乾燥するため、条件がよければミイラとなった。ピラミッドや太陽神殿が建設された古王国時代に、内臓を摘出するという画期的なミイラづくりの技術が開発され、樹脂を浸したリネン布で遺体の全身を覆い、頭部に生前の顔を模したマスク(ミイラマスク)を被せることも行なわれるようになった。新王国時代になると、保存状態がかなり良いミイラが多く発見されており、この時期にミイラづくりの技術が確立されたと考えられている。その後、古代エジプトがギリシャ人やローマ人の支配を受けた、グレコ・ローマン時代には、ミイラづくりの技術は大きく変化し、ミイラの仕上がりよりも表面の装飾の方に力が注がれるようになった。
ヒエログリフという文字のおかげで、古代エジプトの歴史や思想が解明されている。ミイラづくりや彼らの死生観に関しては、『死者の書』が有名である。それによると、古代エジプト人にとってミイラとなることは、来世で幸福に生きるために必要不可欠なものと考えられていた。
古代エジプト人はさまざまな種類の動物のミイラもつくっていた。イヌ、ネコ、ヒツジ、魚などの動物ミイラは、家族として一緒に埋葬されたり、神々への捧げものであったり、人間のミイラの食べ物とされたり、さまざまな意図でつくられていた。

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ネコのミイラ

エジプトの神々は動物と関連づけられており、ネコは愛の女神バステトの化身である。ネコは縦長に包んで紐でしばられており、口と耳はリネンを用いて付け足されている。
レーマー・ペリツェウス博物館所蔵 ROEMER- UND PELIZAEUS-MUSEUM HILDESHEIM

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ペンジュの棺

ペンジュの棺は、この種の棺の中では最も美しく、また最も保存状態の良いものである。胸のあたりに描かれた絵のうち、下側は「死者の審判」を表している。
レーマー・ペリツェウス博物館所蔵 ROEMER- UND PELIZAEUS-MUSEUM HILDESHEIM

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若い男性のミイラ

精巧なミイラづくりの技術が施されており、内臓は摘出されている。また、骨密度から、この男性は死亡時には30歳前後だったと思われる。
ミュンスター大学附属考古学博物館所蔵 ARCHÄOLOGISCHES MUSEUM DER WESTFÄLISCHENWILHELMS-UNIVERSITÄT MÜNSTER

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グレコ・ローマン時代の子どものミイラ

リネン包帯を何層にも巻き付けられた子どものミイラ。CTスキャンを使用した調査の結果、腕の部分に大人の骨を入れるという特殊な処置が施されていることがわかった。
レーマー・ペリツェウス博物館所蔵 ROEMER- UND PELIZAEUS-MUSEUM HILDESHEIM

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主催:国立科学博物館、TBS、日本経済新聞社
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