スタート「仕事人内閣」〜2017とっても暑い「緊張の夏」に【2017年9〜10月号】
自民党本部のエレベーターを総裁室や幹事長室や記者クラブなどのある4階で降りると、エレベーターホールは記者やカメラマンであふれかえり、朝だというのに熱気に包まれていた。その混雑の一角ではNHKの中継のリハーサルが始まっていた。記者はカメラに向かって「安倍(晋三)総理大臣は、午後の内閣改造に先立って、午前中に自民党の役員人事に取り組むことにしてまして、間もなく党本部に入ることになっています」と9時ニュース中継の出だしのくだりを、大声で繰り返していた。そう今日8月3日は、内閣改造・自民党役員人事の日。「森友学園問題」、「加計学園問題」、「南スーダンPKO日報問題」、「女性議員の秘書への『ハゲーっ』」との暴言・暴力問題」など数々のスキャンダルと、自らの選挙応援の街頭演説での「こんな人たちには負けるわけにはいかない」発言。2か月の間、ジェットコースターのように内閣支持率は急落を続け、挙句の果ての都議選惨敗を受けて、「乾坤一擲」人心一新で安倍総理が巻き返しをしようという日なのだ。
混乱の中、やにわに狭いエレベーターホールにSPが5人も緊張の面持ちで配置についたと思ったら、一人が「総理1階に到着されましたのでご協力をお願いしますっ」と声を張り上げた。記者もカメラマンも一同息を凝らして待つ中、エレベーターの扉が開くと、紺のスーツにピンクのネクタイ姿の安倍総理が秘書官やSPを引き連れ現れ、足早に総裁室へ向った。途中でカメラマンに右手を挙げ「おはよう」と声をかけ、古参のカメラマンは「党本部でおはようなんて声かけたことないのに」「おかしいなあ、なんかあったのかなあ」「緊張しちゃったよう」などと顔を見合わせたりしていた。
そういえば、総理の対応に「政権は『あいうえお』だ。焦らず、いばらず、浮かれず、えこひいきせず、おごらず」と発言した中谷元防衛大臣が、今度はスタジオに色紙を持ち込み、安倍総理に政治家として耳を傾けないといけない「かきくけこ」に力を込めていたっけ。
●中谷元氏「安倍総理への『かきくけこ』」(2017年7月9日放送)
そして、新旧役員が交代する、臨時総務会は6階の総務会室で始まったが、自民党の意思決定機関と言う割にはなんとも狭く、傍聴の記者が中に入りきれず、あふれかえる。人の流れで中に入ったが、熱い中で汗の肌をこすりあう状態で、しかもカメラマンはいい場所を取ろうとして身をよじる。そんな中、正面に座っていた安倍総理が、お茶とともに全員の前に置かれていたヤクルトを一気飲みしたかと思ったら立ち上がり、「現在、安倍内閣、そして自民党に対して、国民の厳しい目が注がれております。私自身、至らない点があり、こうした状況を招いたこと、深く反省をしているところであります」と厳しい表情で語った。そして、「政権を奪還した4年半前のあの時の初心に戻り、皆様と一致結束して前進してまいりたいと思いますので、どうぞよろしくお願いを申し上げます」と結ぶと、「よしっ」との掛け声と、拍手が沸き上がったりした。新旧役員が紹介され、それぞれ挨拶をして、新役員が手をつないで写真撮影に応じ、約30分で会議は終わった。ぞろぞろみんな退室していくが、安倍総理は新役員全員に順番に握手を求め、果てには、壁際に立っていた誰か議員の秘書と思しき人2人とも握手をするので、ここでも安倍総理が立ち去った後、その2人が顔を見合わせて何やら感激の表情で話していた。
中谷氏の「かきくけこ」を見た、戦国時代の瀬戸内海の海賊・村上水軍の末裔と言われる村上誠一郎元行政改革担当大臣もスタジオに色紙を持ち込み、総理へのアドバイスを「村上水軍の4つの直言」にまとめた。
●村上誠一郎氏「村上水軍4つの直言」(2017年7月23日放送)
そして、役員会を経て、新4役の共同記者会見で、党の一連の役員人事は終わるのだが、会見が始まると続投の高村副総裁がまず挨拶に立ち、憲法改正について「先ほどの役員会で総裁に、これからは党に任せておいていただいて、内閣としては経済第一でやっていただきたいとお願いしたところであります」と、「仕事ぶり」をアピールした。そして、外務大臣から自ら望んで政調会長に就任したという岸田文雄政調会長は「国の内外に政策課題が山積する中にあって、大きな責任を感じ、緊張感を持って職務を全うしたいと存じますっ」と、文字通り緊張の表情で力を込め、カメラマンも「ポスト安倍」に動き出した格好の岸田会長に盛んにシャッターを切った。質疑応答に移り、記者から「支持率が下落する中、どういったことが必要とお考えですか」と聞かれると、続投の二階俊博幹事長は「私どもはこれからまず、一歩一歩足元を固めていく。そして反転攻勢に出る。そういう順序でいきたいと思いますっ」と語り、記者をにらみ返したりしていた。
石破派の参謀で心療内科医でもある鴨下一郎元環境大臣が持って来た色紙は「3つの処方箋」だったっけ。

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