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過去の放送 出演者 時事放談「サロン」 テレビプロデューサーの日々
 
 

仙谷由人氏「屍の山累々」(2016年12月11日放送)

仙谷:「私が与党時代にもこういう話ってあったんだけども。ほとんどがね、大阪のぺんぺん草が生えている埋め立て地か、東京にも当時は今のお台場とか新都市といわれるところも土地がいっぱい余ってましたから、ここに作ろうという話でしたよね。特に大阪で、日本維新の会が大変熱心なのは、何か夢を託したいと。一発逆転であそこに何かしたいと。これはもうトレードオフの関係になりますよね。そして、必ずですね、この種のものは、韓国の江原道、アメリカのアトランティックシティとか、色んな所で死屍累々なんですよ。ラスベガスだけが良くなったり悪くなったりしてるんだけど…」

民進党の蓮舫代表、安倍総理との初党首討論も焦点は「カジノ法案」だ。白いジャケットに青いインナ−、そして白いパンツに白いハイヒールで参議院の委員会室に登場した蓮舫代表は、いきなり「やめたいのにやめられない。疑いのあるギャンブル依存症の患者は、わが国では536万人いると厚労省は推定しています。なぜカジノ解禁なんでしょうか。カジノは賭博です。刑法で懲役刑で禁止をされています。勤労を怠る、副次的犯罪を誘発する、だから禁止をしているっ」と大声で迫ると、民進党席からは「そうだっ」「とんでもない」の声が上がった。

すると、紺のスーツに、紺に白のストライプのネクタイ姿の安倍総理は、「統合リゾート施設でございまして、私もシンガポールの施設を視察させていただきましたが、カジノだけでなく、ホテルあるいは劇場、そしてショッピングモールや水族館とか、またテーマパークも構成します。いわゆるカジノの床面積は3%のみであります」とし、「ビジネスや会議だけでなくて、家族でそういう施設を楽しむことができる…」と言うので、すかさず「家族でカジノか」のヤジが飛んだ。

さらに、この後、委員会室は「修羅場化」する。安倍総理が「提案者の中には御党のまさに蓮舫議員の側近である柿沢未途役員室長もですね、提案者として参加をしていただいております。これは個人とはいえ、まさに役員室長ですから。役員室の中もですね、そんなに大きく意見が食い違うのかなと。役員室の中もバラバラなのかと思った次第で…」などとすまして語るから、民進党側は「なんでそんなことをっ」「総理大臣でしょっ」と大反発で、委員会室が騒然となった。すると、安倍総理は「静かにしていただかないと、なかなか私も…」とあたりをながめ、自民党側からは「黙って聞いてろー」と声が上がり、さらに騒然とした。蓮舫代表が「カジノはなぜ問題なのか。それは負けた人の掛け金が収益だからです。依存者に陥って、借金までして、それでも勝てなくて負けたカネが、それが収益であり、利益になる。つまりサービス業や、ものづくり産業のような新たな付加価値は、まったく生み出しません。これのどこが成長産業なのでしょうか」と質すと、安倍総理は今度は「中身については欠席されずに、まさに委員会においてご議論をいただきたい。これは議員立法であり、閣法ではございませんから、これについて説明をするですね、私は責任を負ってないわけでございますので…」と答弁するから、民進党は、「そっちが審議を打ち切ったんじゃないか―」とまた大反発。安倍総理はまたもや澄まし顔で「静かにやりましょうよ。委員長お願いしますよ。こんなにワーワー騒がれますと、私もしゃべりにくいんですよ。皆さん、落ち着かれましたか。よろしいですか」となだめてみせた。

騒然とする委員会室の中で、それまで討論の様子を一生懸命メモしてきたのを、やめた。そして、「トランプショック」「朴スキャンダル」…。「EU離脱」。「反移民」「排他主義」「極右政党の台頭」、「中国」「ロシア」「北朝鮮」。思いつくままに書いてみた。すると、面前のやりとりの様子が霞んできた。石破茂議員は「激動の2017年」に警鐘を鳴らした。


石破茂氏「次期大統領のトランプ氏は…」(2016年12月11日放送)

石破:「次期大統領のトランプ氏は私が知る限りにおいて、ものすごくリアリスト。ものすごくニヒルな人。信じられるのは身内だけ、というところがありはしないか。何が得で何が損かは価値観で強く出てくる。人権、民主主義の価値観もないわけじゃないが、まず損か得か。日本も幻想を捨ててリアルにやっていかないといけない」

翌日、思いたって北にかう急行に飛び乗った。沿線の黄色く色づいた並木を眺めながら1時間ほど乗り、所沢の駅で降りて、バスに乗り換えると久しぶりの場所にたどりついた。入口事務所で花と線香を買い、園内の腰丈ほどの垣根の歩道を10分ほど歩いた。1区に始まって、7区を左に曲がり、しばらく行くと29、32区…。目指す区画に近づくにつれ、気持ちが高ぶるのが自分でもわかった。そして。

品のいいグレーの墓石には「筑紫家之墓」とあった。側面には「無量院釋哲也 平成二十年十一月七日歿 筑紫哲也 行年七十三才」。誰かが来たのだろう、ユリのような花が、かすれたもののまだピンクの色を残し立っていた。入り口で買った、紫のカキツバタと白い菊とオレンジのなにやらの花の束をそこに差し込むと、なにやらあたりが息づいたように見えてきた。線香に火をつけると、香りが立ち込め、昼下がりの雲一つない青い空に向かい、白い筋となり昇っていった。そして、水を手向けると、なにやら気持ちがさらに高まり、涙がこみ上げた。

ふと見ると、墓石の脇になぜか、象の絵を描いた子供用のマグカップがあった。その一つに、駅の売店で買ってきたビールを注いだ。缶に残った分を飲みだすと、筑紫さんが昔の飲み会さながらに笑顔で話しかけてくれた。「どうだ。しっかりやってるか」…。時折、あたりを囲む森から鳥がさえずる中、しばらく話した。鞄に投げ込んでおいた「暴走の光景(1)テレビの中から見る」(すずさわ書店)を取り出して読んでみた。1983年3月発行、筑紫さんが「こちらデスク」(テレビ朝日)キャスターのころ書かれた本で昔、「あの本持ってるんです」と言ったら、「すごいねえ」と喜んでくれたこともあったけ。ページをめくると、タナカソネ内閣と称された当時の政権で、ロッキード事件に始まり政争劇が続き、核・軍拡問題を含め本来議論することがあるのに国会が機能していないと警鐘を鳴らしていた。

「しかしこの光景のもっとも恐ろしい部分は、それを食い止め、抑止する力がほとんど働かなくなっていることである。あまりの暴走に唖然としてしまう者、長年の既成事実の積み重ねに抵抗の気力を失った者、あきらめることに慣れてしまった者、いやそれ以前に何が起きようと無関心、不感症になってしまった者、それに加えてすべてのことに広く覆っているシニシズム――要するに私たちの社会は弾性を失ってしまっている。疲労がにじんでいる」と。そして、「私もいわゆる客観的バランスのとれたジャーナリストではない。人を激しく憎んだり、全否定したことはない(つもりだ)が、その代わり、自分がコミットしたことに激しく入れ込んでしまう性癖が私にはある。そのために、誤ちを犯したこともあるし、これからも犯すだろうと思う。しかし、だからといって、言うべきことは言わねばならない、差し障りをおそれてはならないと思う人間でもある」と話してくれた。

カラスの鳴き声に空を見ると、南にあった陽も西に傾きだしていた。知らぬうちに線香の束も残り3センチほどになっていた。香りが立ち込める中、「もう少し頑張ってみます」と言葉にしたらまた泣けてきた。深々と一礼をしてバス停に向かって帰路についた。


※本原稿は調査情報1〜2月号に掲載されています。

石塚 博久 (いしづか ひろひさ)
'62 東京都足立区生まれ。早稲田大学卒業後、'86日本経済新聞社に入社。大阪、名古屋、仙台支局(このとき、「みちのく温泉なんとか殺人事件」に出るような温泉はほとんど行った“温泉研究家”でもある)に。
東京本社政治部で政治取材の厳しい(「虎の穴」のような)指導を受け、新聞協会賞(「閣僚企画」共著)も。
'96TBS入社後は、報道局政治部記者、「NEWS23」のディレクターを経て、「時事放談」制作プロデューサー。

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