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「『勇ましい』総理大臣の下で」 【2015年3〜4月号】


「最悪の決着」を受けて

朝、参議院の委員会室に入ると、審議の5分前で、各党の委員はすでに着席し、大臣も安倍晋三総理以外はみな着席していた。記者席の最前列に着席してしばらく眺めていても、いつもはなにやら周囲と談笑する麻生太郎財務大臣や、石破茂地方創生大臣もみな沈痛な表情で思案気に正面やら天井やらを眺めていた。2月1日日曜日の早朝にイスラム過激派組織「イスラム国」に人質になっていたジャーナリストの後藤健二さんが殺害された映像がインターネット上に投稿され、その翌日の委員会審議なのだ。予定されていたのは補正予算案の審議だったが、当然、事件についての議論が行われるだろうと見込んで駆けつけたのだ。しばらくすると、安倍総理も沈痛な表情で、大勢の秘書官を引き連れて、委員会室に入ってきた。そして、審議が始まり、民主党の質問者はさっそく今回の事件への政府の対応をただした。

ゆっくりと答弁席に向かった安倍総理はまず、「湯川遥菜さんと、後藤健二さんのお2人がテロの犠牲になったことに衷心より哀悼の誠をささげます。ご家族に心からお悔やみを申し上げたいと思います」と声を絞り出すように答弁を始めた。そして、「すべからく国民の命、安全を守ることは政府の責任であり、最高責任者は私であります。結果として2人の日本人の命が奪われたことはまことに無念であり、痛恨の極みであります」と語った。委員会室は重苦しい空気が続いた。

ただ、答弁を続けるうちに、安倍総理はだんだんと声が上がり「テロの脅かしに屈すればさらなるテロを招きかねないわけでありまして、日本は中東への食糧、医療などの人道支援をさらに拡充し、テロと戦う国際社会において日本としての責任を毅然として果たしていく考えでありますっ」と語気を強めた。身振りをまじえて答弁する安倍総理を見ながら、「あの映像が公開された翌日なのに大した元気だ」と妙に感心したりした。そして「最悪の決着」の前ながら、番組の中で怒っていた野中広務元官房長官を思い出した。


野中広務氏「どのように発言し、行動するか」(2月1日放送)

野中: ちょうど安倍総理が1月17日だったと思いますがね、私はちょうど神戸の阪神淡路大震災の20周年の記念式典に出させて頂いておりました。天皇皇后両陛下も、あの寒い中で慰霊祭に参加をされておりました。ところが安倍総理は代理の大臣を派遣して中東に行かれていた。エジプトの会見において2億ドルを人道支援に拠出するという声明を出されて。それ以来、向こうの要求は次々と変わりますし、また湯川さんは殺害されたような画像が発表されますし、非常な困難な展開となった。一国の政治家がやはりこの紛争地に入ってどのように発言するか、どのような行動をするかというのは重要です。

その日のやりとりではとても疑問は晴れなかったので、1日おいた2月4日に改めて国会に足を運んだ。この日は、衆議院の外交と経済の集中審議で、事件に関して本格審議が行われるはずだった。審議の部屋に入ると、ちょうど細野豪志氏が資料を抱えて質問席に着き、部屋の中は緊張に包まれていた。

細野氏は殺害に対し「強い憤りを私も感じております」と切り出し、岸田文雄外務大臣に、犯人グループと後藤さんの家族あてのメールを最初に政府が把握したのが12月3日だったことを踏まえ、「我々選挙(総選挙12月14日投票)をしていたが、外務大臣は情報をきちっと把握していたのか」などと、後藤さんの画像が公開された以前の政府の対応を外務大臣にただしていった。見ると安倍総理は「勝負ネクタイ」とされる黄色のネクタイをしめ腕を組んで正面を見続け、その向こうで石破大臣が時折うんうんうなずいたりしていた。重苦しい空気の中やり取りは続いた。そして、細野氏は、エジプトでの2億ドルの人道支援を「イスラム国と戦う国に支援する」と表明したスピーチについて、2人の命が危機にさらされていることを「総理はどれくらいの認識を持ってあのスピーチを考えられたのか」とただした。

ただ、これに対し、安倍総理は、「総合的に勘案しながら我々は判断を下している。そして、ことの本質は何かというとですね」と話題を変え、「今は、世界各国がこのテロの恐怖に屈しずにこのテロの恐怖の排除をしていく、その努力の積み重ねをしているわけであります。とくに多くの難民を受け入れている国を孤立化させ、困窮化させるということは、まさにISILの思うツボになってしまう。そこで日本は日本のできる支援を、まさに表明する」などと声を張り上げ、自民党席からは拍手がわく一方、民主党席からは「答えてないっ」などとの声が上がり、それまでの部屋の沈黙が破れた。さすがに、細野氏も「2人の命が危機的な状況にさらされていて、その部分にも配慮をした言葉を選ぶべきだったのではっ」とさらにただすと、自民党席からは「それがテロに屈することになるんだよっ」と声が上がり、民主党席からは「何言ってるんだよ」と応酬となった。 その後、安倍総理は「ISILの気持ちを忖度することは、私たちはですね、どのように考えるかということはもちろん推測をするわけですが、しかし、彼らに気配り、あるいは忖度をしてですね、彼らの意向に沿うスピーチをするつもりは」などと語り、委員会室は「命の問題でしょ」「相手はテロリストだっ」「静かにしてくださいっ」などとまたもや騒然となったりした。そして、安倍総理は「答弁をしているんですから少し静かにしてくださいよ」と言って、うんざりした表情で黙った。委員長も「前原理事も静かに。やいやい言わないで、今しておる最中です。どうぞ」と水を向けると、安倍総理はおもむろに「答弁拒否ではなくて答弁妨害はやめていただきたいと。はい、よろしいでしょうか。そこで我々はですね、いわばスピーチに盛り込む言葉を、さまざまな観点から選んでいくわけであります。私たちが選んだ言葉が不適切であったと、このようには考えていないということは申しあげておきたい」と諭すように語った。後日、番組に出演した前原誠司氏は、スタジオで事件をめぐる一連の安倍総理の強気な発言を問題視した。

安倍総理は、フランス紙の襲撃事件の直後となった今回の中東訪問で、エジプトでの人道支援の演説で「ISILと戦う周辺各国に総額で2億ドルの支援をする」(1月17日)との言い回しをし、その後、人質画像の公開を受けて、訪問先のイスラエルでイスラエル国旗と日本の国旗を背に記者会見し「人命を盾に取った脅迫は許しがたいテロ行為だ」(1月20日)と人質即時解放を要求。そして「殺害映像」が公開されたのを受けて「テロリストたちを絶対に許さない。その罪を償わせるために、国際社会と連携していく」(2月1日)と語っていた。


殺害映像発覚の朝と重なり特別番組に切り替わり、関東では地上波で放送されなかった。関西では冒頭20分間、また当夜にCS放送で放送された)


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