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「2015 〜新しい年への誓い」 【2015年1〜2月号】


師走の街頭演説

電車を降りて駅前ロータリーに向かう。すでに自民党の街宣車は道路を挟んだ向かいの位置に陣取っていて、上ではマイクを持った人が「間もなく午前10時から安倍普三総理大臣がやって参ります」と大声を上げていた。選挙なのだ。始まるまで30分もあるので人影はまばらなのだが、地元警察が100人ほど、あちらこちらの配置について目を光らせていた。中でも白い棒を持った「隊長」とおぼしき警官が手持ち無沙汰にうろうろロータリーを歩き回り、おつきの警官が掲げた三角の旗が日曜の朝日を浴びてたなびいたりしていた。突然の解散で始まった師走の解散総選挙に、町の反応を見ようとバスと電車を乗り継いで江戸川区の西葛西までやってきたのだ(14年12月7日)

総理が来るだけに警備は厳重で、ノートにあたりの様子をメモしていたら、「ちょっとおはようございます」と声をかけられ、どこの知り合いかと振り返ると、「今日は何か?」といきなりの職務質問だった。「様子を見にきました」と言っても納得せず、「何か身分を証明するものはありますか」と言うのだ。それにしても慌ただしい師走の突然の選挙だった。この衆議院の解散(11月21日閣議決定)を野中広務氏は2か月も前に口にしていたことを思い出した。10月の収録で口にした時には、なんとも珍しいことを言うなあと思っていたのだが、それが現実になったのだ。


野中広務氏「全部先送りで」(14年11月16日放送)

御厨: なぜあんなに前(10月5日放送)にそう思ったのでしょうか。

野中: 消費税の10%への移行もなかなか難しいし、経済の指数もなかなか上がらない。無理をして日銀の融資を拡大したり、年金の原資を株の購入にあてたりして株は上がりましたが、国民の多くは株をそんなに多く持ってるわけじゃない。生活は非常に厳しい状態で、賃上げもなかなか難しい。このままほっておいたら年を越して、安倍さんの支持率が下がっていくばっかりで、結局は安倍さんの再選は難しい状況というのが出てくるんじゃないかと。そういう要素を考えると、この11月以外に、安倍内閣が国民の信を問う時期はないんじゃないか。解散は私はあることだと思いましたね。

10時過ぎになって地元の候補者の演説の途中、安倍総理が街宣車の上に白いジャンバー姿で登壇した時には、ロータリーいっぱいの人が集まっていた。そして「みなさーんおはようございまーす。安倍普三でございまーす」と手を振ると、一斉にスマートフォンで写真をカシャカシャと撮ったりした。そして、「この寒空の下、せっかくの日曜日の中、街頭に足を運んでいただいてありがとうございます」と声を張り上げる。朝は実際に底冷えがし、メモを取る手がかじかんでいた。そんな中、安倍総理は「アベノミクスは何か、それは会社、企業の競争力を、生産性を強くしていく。収益力を上げていく。つまり、儲ける力を強くしていくんです。そのことによって、雇用を良くしていく、雇用を増やしていく。そして賃金を増やしていく。そのことによって消費は改善し、景気は回復していく」などと一気にまくしたて「アベノミクス」をアピールした。

「アベノミクス」については、まだ道半ばで、この先、「中小企業」や「中間層」以下まで「恩恵」があるのやら、このまま「格差」が広がるのやらよくわからないのだが、街角で聞いているとなにやらいいことがありそうだという気になってくるのだ。スタジオでは元伊藤忠商事社長で経済に精通する丹羽宇一郎氏が問題点を指摘していたのだが。


丹羽宇一郎氏「サッチャーもレーガンも」(12月7日放送)

丹羽: 過去200年の資本主義のデータを見てみるとですね、金持ちはさらに金持ちになり、貧乏人はさらに貧乏になって格差が開いていく、いうことですよね。そういう政策をしたのは、ミルトン・フリードマンの80年代のマネタリズムですよ。これをサッチャーさんとレーガンさんがやって、結局最終的にシャンパンタワーに上からシャンパンを注ぐような『トリクルダウン』はなかったわけです。おこぼれが末端にいかなかった。それで財政赤字が拡大して、結局サッチャーさんもレーガンさんも最後の方はあまり良い結末じゃなかったと。こういう動きが、やはり安倍さんのアベノミクス2年間で出てきて、増々格差が拡大してくと思うんです。

街頭演説でとうとうと「アベノミクス」を説明した後のお決まりの「盛り上げ」なのだろう。安倍氏は駅前ロータリーを見回し、「今日は東京中から輝く女性に集まっていただきましたあ。この辺も輝いています。あの辺も輝いています。私たちはみなさんにもっと輝いていただきたいと思っているんです」と声を張り上げると、お年寄りの女性の間からは笑いと拍手が湧き上がり、どこからか「イエーイ」という歓声もあがった。

ただ、話題が集団的自衛権に移り、「私たちは日本人の命と、そして領土、美しい海を守る責任があります。この責任を果たしていかないといけません。そのための閣議決定を今年の7月1日に行いました」と言った時、聴衆の中にいたグレーのダウンジャケットの中年の男の人が「ヒットラー」と叫んだのだ。いきなりあたりは緊迫した空気に包まれ、警官の一群がその男性の脇と後ろに陣取った。その声は街宣車の上の安倍総理には聞こえるわけもなく、「これからも頑張ってまいります。ありがとうございまーす」と連呼して演説を終えた。そしてロータリーに歩み寄ると、集まった人たちとハイタッチをしながら満足げに車に向かい、乗り込み、走り去った。私もみくちゃになりながらそばまで押し出されたのだが、「ハイタッチ」はやめておいた。三々五々、日曜のベッドタウンの日常に戻っていく人たちを見ながら、武村正義氏が今回の争点として、集団的自衛権を熱く語っていたのを思い出した。


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