「8月10日」〜終わりし夏の標に 【2012年9〜10月号】
●すったもんだの挙げ句に
昼下がりのギラギラとした日差しの下を、国会裏の道を参議院本会議場へと急いだ。これから消費税増税法案の本会議での採決が行われるのだ。記者席からではなく傍聴席の反応も見ながらその場に立ち会いたいと思い立ち用意した、傍聴券の印刷が汗ばんだ手の中で滲んだりしていた。ただ、なんせ初めてのことなので、戸惑うことの連続だった。
階段を降りると、真新しい部屋があって、10人ぐらいの衛視が待ち構えている。そして「まずはかばんはロッカーに入れてください」と言う。かばんから、裏をメモ用紙代わりに使おうと持っていた新聞のコピーを手に入り口に向かうと、「ノートならいいのですが、コピーのあるのはダメです」と不思議なことを言う。金属探知機を抜けて、エレベーターでたどりつく待合室には仰々しく「傍聴規則」が書いてあり、「銃器その他危険なものを持っているもの、その他、酒気を帯びているものは傍聴席に入ることはできない」とある。ゴルゴ13 が傍聴席から銃で議員を狙うってのかい、そもそもスナイパーだったら言われてやめるかいなどと考えたりした。
階段状の傍聴席に着くと、正面の衛視が改めて注意事項を今度は大声で仰々しく説明する。「あと5分ほどで法案の採決が行われますが、賛否の表明はおやめください」「緊急地震警報が出された場合にはここでお座り続けてください」。議場を見ると、ピンクのスーツ姿の谷亮子議員が隣席の舛添要一議員と笑顔でなにやら話している。そして議長が壇上に現れて、やっと始まったわいなどと思っていると、議員数人が壇上にのぼりなにやら申し入れ。何が起きたの?などと思っていると、議長がやにわに「ただいま議長不信任決議案が提出されました。理事の協議中しばらくお待ちください」と、いきなり休憩。この間3分。唖然としていると、傍聴席正面でこちらを監視していた衛視と目が合い、衛視は、驚いたかいとでもいうのか「ニヤリ」としてよこした。再開は1時間半後メドだという。
途方に暮れて順路を出口に向かいながら、昨年末に民主党案をまとめて以来、8カ月後の法案成立の最後の最後まですったもんだを続ける姿に腹が立ってきた。民主党内にはいまだに消費税反対議員が残り、野党の思惑があいまって混乱が続くのだ。「政局の鬼」の異名を持つ、野中広務元官房長官がスタジオで怒っていたのを思い出した。
●「『鳩山君、恥知らずだ』と」野中広務氏(7月29日放送)
●彼我の差
場所を移って裏庭の木陰に座り、本会議の再開を待ちながら、先頃出版された『聞き書野中広務回顧録』(御厨貴・牧原出編、岩波書店)を読んだ。番組で視聴者プレゼントを募集したら1週間で700通も応募があった人気の書だ。そして、なぜ野中氏がこれほどいらだつのかを知った。森喜朗総理、野中幹事長当時(00年)、野党の不信任案に自民党加藤派と山崎派が賛成しようとした、「加藤の乱」で知られる政局に、野中氏が厳しく、かつきめ細かく、体を張って対決する場面だ。
反対した場合の「除名処分」を文書で郵送するとともに、職員に届けさせる。そして、最後には「除名の書類」を持って、不信任案を採決する本会議場の入り口で待ち受ける。なんとも、「政局の鬼」の姿である。そういえば、この本を手がけた『時事放談』司会者の御厨貴が収録後のスタジオ脇の控え室で、「野中さんの場合はほかの政治家に比べて、驚くほど写真がなかったんだよね。普通は選挙のためとかの写真がたくさんあるものだけど、ほとんど報道写真しかないんだ」と話していたのを思い出した。野中氏は晴れがましいことは避け、ひたすら裏で「仕事」に励んできたんだろうなあと思ったりした。
それに比べると、今回は党内融和を探る輿石東幹事長の下、ほとんど「先延ばし戦術」しかなく、対応できていないのだ。そして、連日届くオリンピックの若者の活躍に世間が感動する中、なんと自民党が衆議院で賛成したにもかかわらず、「野田総理の解散の確約」を求め、消費税が空中分解するであろう不信任案提出の構えをみせる始末。結局は野田総理が自ら谷垣禎一総裁と連絡を取り合い、三党党首会談にこぎつけ回避した有様なのだ。
本会議場に戻ると、前の記者席は正面と両脇の3方に陣取ったテレビカメラやスチールカメラ、そして記者とで満席なのだが、周囲にはお年寄りや学生風が30人程度。マスコミが騒ぐほどには国民の関心は盛り上がっていないようだ。そして安住淳財務大臣が大臣席に座り審議が始まった。採決前の討論は、「シロアリ退治はどうしたんですか」「そもそもそんなに財政危機なのか」「増税はやるべきことをやった上ですべきだっ」「赤信号みんなで渡れば怖くない」などと各党の代表が大声を張り上げるのだが、どれもこれまでの審議で出尽くした主張や古いギャグの繰り返し。隣のお年寄りが思わずこっくりしだすと、正面の衛視が飛んできて議場の外に出るよう促していた。しかし、これじゃあお年寄りよりも審議の方に責任があるだろなどと同情した。

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