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過去の放送 出演者 時事放談「サロン」 テレビプロデューサーの日々
 
 

「こんな国会、見たことない」 大島理森氏(6月10日放送)

大島:輿石幹事長の発言を聞いてますとね、『私がそうします』というのはないんですよ。『総理からそう言われて、私も同じ思いでやります』と。もう1つですね、何故、民主党の中で総理と輿石幹事長と小沢さん3人でコソコソ会わなきゃいけないんですか。誰も、あそこの中身を知らないわけですよ。あの3人、2回やってますよね。どうやら共通認識は、分裂はさせません、解散はさせません、ということらしいという報道はあります。そうしますとね、小沢さんの方が、党を作ったのは俺たちだと、俺は出ていかないよと。当然だ。しかし、反対だと。こう言っているんですね。

まあ政治は矛盾と矛盾の中を解決するものですが、党内の大矛盾をどうやって解決するかというとですね、これは採決というものをこう(少しずつ手を両方にゆっくり広げて)延ばしているのかなあと、そう推測せざるを得ないところがあります。与党側が引き延ばして、野党側が早く採決しろというのは、不思議な話、私も国会対策委員長が長いんでございますが、政治史上初めてではないでしょうか。

そう、民主党内の「引き延ばし」との戦いは、自民党が買って出ている「不思議な構図」なのだ。そして、自民党側から、民主党内の反対派議員の「増税する前にすることがある」との理屈への反論が出てきたりする。


「Aに必要なことはBには無駄」 石破茂氏(6月3日放送)

石破茂:増税の前にやることがあるでしょうがと。それって、一体いつになったらできるんですか。これ並行してやったっていいことなんですよね。公務員制度改革だ、国会議員の削減だ、あれやこれや。それをやるのにどれくらいかかるの。結局、引き延ばしでしかないわけですよ。よく流行った議論に、『無駄がなくなったら』とおっしゃる方があります。今でも言いますよ。しかし、世の中『これで無駄がなくなりました』という日は未来永劫きません。常に無駄は省いていかなくてはいけないものであって、最後までやらなきゃいけないことなんです。Aという人にとって必要なものは、Bという人にとっては無駄かもしれない。要は優先順位のつけ方であって、『やることがある』というのは、単なる引き延ばしとしか思えない。逆に消費税を上げたからといってそんな努力を一切しないなんて言ってませんよ。

「なぜ、こんなに国の借金が増えたと考えるのか」。昼下がりの事務所でそう問いかけると、「今は、自民党と仲良くする時だから言えないけど……」。渡部氏は、苦悩の表情で語り出した。

「自民党の政権を続けるためだった。ずっとやってきたんだ」

道路やらダムやら新幹線やら、借金でばらまいて有権者の歓心を得、選挙を乗り越え政権を得てきた自民党時代。今、民主党が立っているのは割の合わない立場なのだ。それでも、と。

そんな中、民主党にはもう一人「80歳」、がいる。「そういうのあんまり興味ないんです」などとスタジオでは照れていたが、藤井裕久最高顧問は6月が誕生日。藤井さんは文字通り消費税で自ら走り回る役を買って出た。調子を崩して財務大臣をやめた体を考えれば、相当無茶なのだが……。


「危機感が」 藤井裕久氏(6月3日放送)

藤井:日本は先進国最悪の財政状況なんです。財政、財政と言うと財政至上主義者のようなことを言う人がいますが、これは間違いであって経済そのものなんですね。これだけ国債を乱発していけば、不況の下で国債の金利が上がるということでありましてね、そのことは経済そのものを駄目にします。私は党内の反対意見に妥協の余地はないし、野田(佳彦)総理の言っていることは正しいと思っております。

渡部氏の出演した放送の翌日、思いついて足を運ぶと、新しくなった衆議院議員会館の面談室の前には50人ほどの記者が人だかりとなっていた。部屋の中には、民主党の藤井税調会長、自民党の町村信孝税調顧問、公明党斉藤鉄夫税調会長。やっと始まった消費税の与野党協議の部屋の前なのだ。朝10時に始まって30分ほど。民主党と自民党と公明党のそれぞれの立場と主張を考えれば、すぐに終わるはずはないのだが、何か起きて部屋から人が飛び出してくるかもしれないと、その時に備える張り番だ。部屋の中では侃々諤々議論が続いているはずなのだが、廊下の高さ10メートルほどの天井まで届くガラス窓からは燦々と陽が入りなんとも長閑だ。

「fruitful,tiresome(実り多き退屈な時間)」

受験生時代に覚えた単語が思わず頭に浮かんだ。この退屈な作業が日々の政治ニュースを支えているんだよな、などと考えた。昔は何時間でも張り番ができた「体力派記者」だったことを思い出して、まじって立ってみた。しかし、30分で足がしびれてきて、床に座り込んでしまった。

そして、その、のんびりを裂くように、ドアが開いたのは始まって1時間30分過ぎ。紅潮した顔の藤井さんはそのまま待ち受けたテレビカメラの前に立って喋り出した。「私どもの考えをさらに念を押して申し上げました」「話し合いですから隔たりは当然あると思います。ただ、全然違った土俵で話しているのではなく、同じ土俵でやっている話だと思っています」。まさしく、「戦う80歳」の姿だった。 次々に質問を投げかける興奮する記者たちを眺めながら、不意に19年前のことが鮮やかに浮かんだ。政治腐敗で自民党が立ち往生する中、自民党は後藤田正晴副総理に総裁選出馬を求めた。後藤田氏は心臓の調子を崩して入院中で、苦悩の果てにこれを固辞した。担当だった私は、夜中3時過ぎにその日自分の書いた記事の刷り上がった朝刊を手に、家の近所の焼肉屋で軟骨の塩焼きを食べていた。そしてその新聞の、病院から出てくる後藤田氏の写真の姿を見ているうちに、涙が出始めたのだ。その不覚さに自分でも驚いたが、「なんでこの国はこんなお年寄りに頼らなければいけないのか」。そんな情けなさは止まらなかった。今も、また同じだった。

気がつくと、国会の衛視さんに「部屋閉めますから、出てください」と言われてしまった。見回すと、記者らはみんな帰ったあとで、すえた建築材のにおいの残る真新しい部屋の中で一人ぼっちだった。


※本原稿は調査情報7〜8月号に掲載されています。

石塚 博久 (いしづか ひろひさ)
'62 東京都足立区生まれ。早稲田大学卒業後、'86日本経済新聞社に入社。大阪、名古屋、仙台支局(このとき、「みちのく温泉なんとか殺人事件」に出るような温泉はほとんど行った“温泉研究家”でもある)に。
東京本社政治部で政治取材の厳しい(「虎の穴」のような)指導を受け、新聞協会賞(「閣僚企画」共著)も。
'96TBS入社後は、報道局政治部記者、「NEWS23」のディレクターを経て、「時事放談」制作プロデューサー。

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