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BACK NUMBER #740 2020.11.14 O.A.

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バラエティから巨人V2“影の立役者”…元木大介ヘッドコーチ舞台裏
強さが際立った、2020年シーズンの原・巨人。7月中旬に首位に立つと、1度もその座を明け渡すことなく独走。見事、リーグ2連覇を果たした。念願だった球界への復帰。不退転の覚悟をもって、野球と向き合った。元木「命張ってやらないと、選手にはそれ伝わりますから絶対に、間違いなく伝わります。」元木はいかにして、巨人というチームをまとめ上げたのか。元木「監督をミスさせちゃいけないし、チームのミスは俺のミスだと思ってるので。」ヘッドコーチとしての重責を一身に背負う元木だが、就任当初は批判にさらされた。ファンでさえも、元木の起用には懐疑的だった。だが、元木のコーチとしての素質を、現役時代に見抜いた。意外な人物がいたという。元木「星野さんから、お前が一番嫌だったとか、余計なことしてくるからなっていうことを、辞めてからよく言われましたね。」名将・星野仙一。一番嫌な打者として元木の名前を挙げるなど、その野球センスを高く評価。現在、元木がつける背番号77は、星野が監督時代に長年使用した番号からもらったものだ。ヘッドコーチは監督の右腕。監督の指示をコーチや選手に伝え、時には、選手たちの思いを監督に代弁する。いわば、チームの中間管理職といえるポジションだ。原監督とのコミュニケーションは、元木の大事な仕事。直接会話することはもちろん、「ジャイアンツミッション」と呼ばれるグループラインで頻繁に連絡を取り合う。スポーツ新聞で原監督の発言をチェックし、元木なりの答え合わせをすることも、日課となっている。多種多様な仕事抱える元木だが、最も大事な役割がある。それは、スタメンを決めること。元木が常に持ち歩いているボードには、1軍から3軍、育成選手に至るまで、巨人軍、全89人の選手の名前が貼られている。スタメンの決定は、大半のチームでは監督が行う重要な仕事。巨人という伝統あるチームで、元木はその大役を任せられているのだ。元木が考えた開幕のスタメンは、去年優勝したオーダーをベースとしたもの。だが、シーズン開幕後、主力選手の坂本と丸が不振に陥り、打線が機能しなくなる。就任早々、ヘッドコーチとしての手腕が問われる事態に。元木「毎日大変だけど、監督を一人ぼっちにしてはいけないと思ってるので。監督って言うのは孤独なポジションだと思うので。なんだろう、監督をミスさせてはいけないし、チームのミスは俺のミスだと思ってるので。」何通りもの打順を考え、試行錯誤を繰りかえす毎日。自分はチームに貢献できているのか、原監督の期待に応えているのか…引退して13年間もプロ野球から離れていた男が、なぜこれほどまでに力を発揮できるのか、その答えは元木が生き抜いてきた現役時代にある。「どうすれば試合に出られるのか。」と、たどりついた答えは徹底して観察をすること。配球の傾向や、相手のクセ・心理状態に至るまで、徹底的に観察した。ときには、隠し玉で、相手のスキをつくなど、鋭い観察眼を披露するプレーを見せた。そんな元木のプレースタイルに、当時の長嶋茂雄監督は。長嶋監督「くせ者が遺憾なく発揮されたな、くせ者元木が。」15年間、巨人一筋でチームを支え、2005年、34歳で現役を引退。解説者として働きながら、コーチのオファーを待った。野球界への復帰を夢見て、バラエティ番組からのオファーを断り続けていた元木だが、3年経っても野球界から声がかかることはなかった。元木は、家族を養うためにバラエティ番組に出演を始めた。タレントとしての仕事が順調にいけばいくほど、プロ野球界への復帰が遠のく感覚を味わった。もがき苦しむ元木には、救いになった存在がいた。それは、10歳で野球を始めた長男・翔太くん。元木は、息子との練習の時間があったからこそ、野球への思いを強く持ち続けることができたという。そして、2018年9月、原監督から、待ち望んだコーチ就任のオファーが届いた。原「世の中で生きてくということの厳しさを当然知っているわけですよ、何か仕事をする、これは大変なことなんですよね。野球以外にもすばらしいものを持っているというなかで、声かけたんですけど。」原監督の言葉どおり、元木のバラエティでの経験はコーチ業にも活かされた。巨人のヘッドコーチという重責を担う元木。野球人・元木大介の挑戦はまだ始まったばかりだ…。
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