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BACK NUMBER #739 2020.11.7 O.A.

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東大合格率No1高卒の異色調教師…3冠馬コントレイル快挙の舞台裏
滋賀県・栗東トレーニングセンター。90もの厩舎が並ぶ、関西エリアの競馬の拠点。この地に、ひときわ注目を集める矢作厩舎。早朝5時、「コントレイル」のもとに、一人の男が向かっていた。調教師・矢作芳人、59歳。矢作がコントレイルの担当を任せたのは、金羅隆36歳。栗東に来て13年目、矢作厩舎で1番若いスタッフだ。金羅はG1はおろか、重賞に勝った馬すら担当したことがなかった。矢作は現在、勝利数、獲得賞金ともにJRAトップ。多くの雑誌でも取り上げられ、「異端の調教師」と呼ばれているその理由は、東大合格率39年連続1位、あの開成高校出身。なんと、大学に進学せずに、調教師の道を歩んでいた。さらに、忙しい仕事の傍ら執筆活動も行い、著書も出版している。競馬界屈指の成績を誇る矢作のもとには、全国の馬主から、依頼が殺到。現在、矢作が管理している馬は70頭。日本中が注目するレース直前でも、コントレイルだけに注力することはできない。2週間ぶりに、放牧中の馬の状態を見極めにも行く。競馬界において、これだけ頻繁に牧場を訪れる調教師は稀だという。名実ともに日本トップの調教師となった矢作だが、ここまでの道のりは、決して平坦ではなかった。父は、地方競馬の大井競馬場の調教師。幼いころから厩舎の2階で暮らし、馬と伴に育った。屈指の進学校・開成高校に入学したが、この頃、天馬と呼ばれたトウショウボーイに夢中になった。矢作は、多くの同級生が東大に進む中、大学に進まずに調教師を志すと決めた。そんな息子の決断に、父・和人「最初は反対した。競馬やるんだったら開成入る事もないと思った。」父は、調教師を目指す息子に2つの条件を出した。地方でなく中央競馬に行くこと、そしてもう一つは海外に留学し競馬を学ぶ事。矢作は20歳の時、父との約束を果たす。単身オーストラリアに渡った。日本との1番の違いは、データに基づく合理性。サラブレッド生産大国のオーストラリアは、1頭1頭のデータを管理。馬の情報を厩務員全員で共有し、効率良く調教していた。帰国後は、厩務員、調教助手として働き、調教師を目指した。しかし、苦難が続く。28歳で挑んだ調教師試験に不合格。海外で培った調教方法が理解されず、周囲から厳しい目を向けられた。試験に落ち続ける事、なんと13年。14回目の挑戦で、ようやく合格。2005年、44歳のときに念願の矢作厩舎を開いた。すると、下積み時代にため込んだアイデアを次々と形にしていく。馬のストレスを無くすため、顔が出せるように改良。今では、多くの厩舎がこのスタイルを真似している。そして、肌身離さずに持ち歩いているのが、iPad。厩務員が付ける、調教日誌をデータ化。矢作の調教はすぐに花開き、厩舎を開いてわずか6年の間にG1馬を11頭も輩出。矢作厩舎は競馬界に旋風を巻き起こした。だが、矢作の夢は誰もが憧れる完全無欠の「スーパーホース」を誕生させること。現状に満足することはなかった。そんな矢作が、アメリカのセリで自ら落とした馬。ロードクロサイト、コントレイルの母となる馬だ。種馬に選ばれたのは、あの平成の怪物・ディープインパクト。種付け料は、3000万円。2頭の間に生まれた子がコントレイル。飛行機雲のように昇っていって欲しいという思いがこめられた。2019年11月、コントレイルはデビュー2戦目で、衝撃の走りを見せる。レース序盤、コントレイルは中団に待機すると最後の直線でため込んでいた力をいっきに爆発させる。調教師になった矢作が、最高の馬に出会った瞬間だった。矢作「レースを見て、震えがきました。これだけの馬に巡り合ったことがないかもしれない。」その後、コントレイルは皐月賞、日本ダービーで勝ち二冠を達成。15年ぶりの三冠達成へ、期待が一気に高まった。そして、迎えた菊花賞、当日。単勝は、1.1倍。ダントツの1番人気に押された。「スターホースを育てたい。」調教師になると決めてから足掛け41年、矢作の夢はついに叶った。馬界に革命を起こし続ける異色の調教師と、現役最強馬。黄金コンビの更なる活躍に期待したい…。
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